祭祀の主催は「倭の五王」? 沖ノ島と伝仁徳陵をつなぐ甲冑の金属片編集委員・中村俊介印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする
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関西と九州の、二つの世界遺産がつながった。明治初期に絵図で残された大山古墳(伝仁徳天皇陵、堺市)の副葬品と同じ金銅装甲冑(かっちゅう)が、古代の国家祭祀(さいし)が催された沖ノ島(福岡県宗像市)の出土品で確認されたのだ。不思議な符合の背景には、5世紀に中国へ使いを送ったという「倭(わ)の五王」の関与も浮かびあがる。 沖ノ島は神話に登場する宗像女神が鎮座する聖なる島。玄界灘に浮かぶ絶海の孤島だ。4世紀後半から約500年間にわたって国家的な航海祭祀が続けられ、戦後の発掘調査で見つかった奉献品8万点は国宝になっている。2017年、島全体がユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界遺産に登録された。 10年、島を所有する宗像大社に戻ってきた「返還品」のなかに、大小20点ほどの金属片があった。表面のところどころに金が確認できる。かつて岩の上で祭祀を催した21号遺跡で採取されたらしい。 金メッキの銅板を鉄板に張った、鉄地金銅張りの甲冑ではないか――。宗像大社や福岡県などでつくる保存活用協議会の専門家らが詳細に調べた結果、日本最大の前方後円墳として知られ、世界遺産「百舌鳥・古市古墳群」(大阪府)を構成する伝仁徳天皇陵の副葬品と同じことがわかったのだ。権威のシンボルがなぜ この甲冑は明治5(1872…この記事は有料記事です。残り738文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません
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この記事を書いた人中村俊介編集委員|文化財・世界遺産担当専門・関心分野考古学、歴史、文化財、世界遺産関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする







