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My吹部seasons 練習場「自啓館」にバッハ作曲《「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ 第2番 ニ短調」より シャコンヌ》の荘厳な響きが流れ始めた。 取材で訪れた青森県立青森高校(青森市)は、太宰治や寺山修司らそうそうたる顔ぶれの卒業生を輩出している名門だ。 吹奏楽部に相当する吹奏楽委員会は、7月24日にあった吹奏楽コンクールの県大会で金賞を受賞。だが、上位大会に進める代表校には選ばれなかった。その時点で、受験を控えている3年生14人は引退となっていた。 それから1週間後。この日は取材のために3年生が再集結。当初の予定にはなかったが、急きょ、コンクールで演奏した課題曲《管楽器のためのフィナーレ》と自由曲《シャコンヌ》を、全部員48人で演奏してくれることになったのだ。 顧問・太田玲(あきら)の力のこもった指揮に導かれ、青森高校の部員たちは青春をかけた2曲を奏でていった。そこには、コンクールの結果を越えた、心震わせる音楽があった。 ♪経験や才能がなくても 部員たちが見せた成長する力 2020年より同委員会を指導する太田は「部員の半数が高校から吹奏楽を始めた初心者。今年の3年生で中学からの経験者は2人だけだった」と語る。 青森市では吹奏楽部がある中学校が少ないのがその大きな理由だ。太田はこう続ける。 「青森高校といっても、天才が多いわけではありません。ただ、勉強に熱心に取り組んでいる子たちは努力の仕方を知っている。ストイックにがんばれるし、妥協も嫌います。だから、経験年数は少ないですが、種をまくと自分たちでどんどん成長してくれます」 26年度、委員長を務めたテナーサックス担当の佐々木麻緒も、未経験で吹奏楽の世界に飛び込んできた。麻緒はこう語る。 「中学時代は合唱部でした。家が遠方なので下宿生活を始めたんですが、同じ下宿に吹奏楽委員会の副委員長がいて勧誘を受けたのが入った理由です」 吹奏楽のことはまったくわからないながら、高1のコンクールでは東北大会銀賞を経験。高2のときは県大会銀賞止まりの悔しさを味わい、今年は東北大会出場を目標に据えていた。 一方、初心者スタートの部員が委員長になるのは前例がなかった。麻緒も悩んだが、重責を担う決断をした。 「いまの時代、吹奏楽のように集団で何かをやり遂げようとすることはあまりありません。そんな貴重な場だからこそ、最後の1年、後悔しないようにチャレンジしようと思ったんです」 ♪ 3年生にとっては受験という大きな課題もあった。14人の中には、東京大学や東北大学を志望している者もいる。勉強に没頭するクラスメートの姿に不安を覚えながらも、彼らは大好きな吹奏楽に情熱を注いできた。 そんな麻緒たちのために太田が選んだ自由曲が《シャコンヌ》だった。「精神性が高く、思慮深い生徒たちに合っている」というのが選曲の理由だった。 全体的に短調で進行する曲だが、一部だけ長調になり、神聖な雰囲気が高まるところがある。部員たちはそこに歌詞をつけ、歌いながら練習してきた。 青森高校は地区大会を突破し、県大会へと駒を進めた。県大会前に文化祭などで練習できない日も多く、焦りも感じた。3年生は6月から大学受験に向けた放課後講習も始まっており、そもそも部活に参加できる時間が短くなっていた。 オーボエ担当の中津由依はこう振り返る。 「太田先生がミーティングの中で、『残された時間は少ないけど、笑顔で楽しく過ごそう』と言ってくれたのが思い出に残っています。県大会まで、みんなでこうしていられることが幸せなんだ、と思える日々を過ごせました」 そして、いよいよ県大会当日がやってきた。朝の練習で《シャコンヌ》を演奏していたときのことが忘れられないと副委員長で打楽器担当の藤田桃子は言う。 「ちょうど長調の神聖なメロディーを演奏していたとき、曇っていた空の隙間から太陽の光が降り注いできたんです。まるで奇跡みたいな瞬間でした」 ♪48人で迎えた「幸せな12分間」 青森高校は緊張の県大会本番に臨んだ。麻緒はこう振り返る。 「(会場の)リンクステーションホール青森は私たちにとって慣れたホールでしたが、結果がどうなろうと、そこで演奏できるのは最後。全力で演奏するのと同時に、ホールに響く自分たちの音を絶対に聴き逃さない、というつもりでした」 演奏は、課題曲を経て自由曲《シャコンヌ》へ。部員たちがこだわってきた長調の部分に差しかかった。さまざまな楽器が旋律を受け渡していくと、まるでステージに陽光が差し込んでくるようだった。トランペット担当の東(あずま)美聡は言う。 「太田先生が声を出さずに歌詞を口ずさんでいて、みんなも心から音楽を楽しんでいるのが伝わってきました」 ティンパニを担当した桃子は、長調の部分は休みだった。 「でも、ただ休むのではなく、それぞれメロディーを吹いている人たちの表情を見つめ、目に焼きつけていました。ああ、いま全員で音楽やっているんだな……と心が熱くなりました」 トランペット担当の伊藤有沙も「このメンバーで演奏できるのも、太田先生の指揮を正面で見るのも最後かもしれない、と思ってかみしめるように吹きました」と語る。 青森高校の48人の気持ちが音楽の中で強く強く結ばれ、とけ合って、《シャコンヌ》はエンディングを迎えた。 「幸せな12分間だった」 それが多くの3年生の胸に浮かんだ言葉だった。 ♪ 青森高校は東北大会にあと一歩届かず、3年生は引退となった。悔しい結果だったが、自分たちがつくり上げた音楽には一片の後悔もなかった。 委員長という重責を全うした麻緒はこう語る。 「演奏が認められなかったのは本当に悔しいですけど、結果がすべてではなく、自分たちが積み重ねてきた過程を信じられる演奏でした」 太田は指導の中で部員たちに「いちばん大事なのは、自分たちの音楽に納得できることだよ」と伝えてきた。 それが実現できたコンクールだった。 次の目標は受験だ。アルトサックス担当の江原有咲は言う。 「部活と受験勉強の両立は難しかったですけど、吹奏楽で学んだ最後までやり抜く気持ち、結果だけでなく過程を大切にする気持ちの尊さを忘れず、受験に取り組もうと思います」 県大会が高校生活最後の演奏のはずだったが、はからずも取材のために「最後の最後」の演奏に臨んだ14人の3年生。その表情は晴れ晴れとしていた。きっと、県大会とともに一生忘れられない演奏になったことだろう。 これから彼らはそれぞれの道へと歩き出していく。青春をかけた《シャコンヌ》の残響を胸に秘めて――。(敬称略) × × ×オザワ部長 吹奏楽作家。神奈川県立横須賀高校から早稲田大学第一文学部文芸専修卒。ペンネームは「架空の吹奏楽部の部長」という設定から。吹奏楽部を舞台にした小説やノンフィクションなど著書多数。 2025年3月には、ノンフィクション書籍「吹部ノート 12分間の青春」(日本ビジネスプレス)が刊行された。吹奏楽情報サイト「青春ブラボー吹奏楽部」(https://suisougakubu.net/)も運営している。