なぜ今? 北方領土の元島民ら「現地の人との友好、分断しかねない」三木一哉 長谷川潤 山本智之 波多野愛美 佐藤亜季印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする

[PR]

突然に見えた。なぜ、今なのか。 ロシア国営タス通信は13日、プーチン大統領が北方領土を初めて訪問したと報じた。かつて北方領土で暮らしていた元島民や子孫たちに不安がよぎる。 ソ連が北方領土の占領したのは1945年。今もロシアが実効支配している。かつては、元島民が墓参や交流事業で島を訪問することもできたが、ロシアのウクライナ侵攻とともに見送りを余儀なくされている。 「これまで一度も来なかったのに、なぜ今になって」。元島民の得能宏さん(92)=北海道根室市=は、これまで積み上げてきた友好が失われることを心配する。 色丹島出身。1948年に島を離れた。自身の経験から「今の島民を追い出しては同じこと」と現地のロシア人とも友好を深めてきた。「いつか島に帰ることができたら、一緒に暮らせたら」とさえ思っていた。 「プーチンが来たからといって、今さら関係ない。でも、長く日ロ関係が冷え込んで親日派の島民の気持ちが離れてしまうことが何より心配だ」 北方領土の元島民らで作る千島歯舞諸島居住者連盟(千島連盟)の根室支部長を務める角鹿(つのか)泰司(やすじ)さん(89)は、「政府には、平和条約を結ぶことを前提に、強い姿勢でロシアと対峙(たいじ)し、話し合いを続けてほしい」と語る。 歯舞群島の勇留(ゆり)島で暮らしていたが、終戦翌年の1946年4月、家族とともに島を追われた。 当時はまだ8歳。初めのうちは「10年くらいしたら、また島で暮らせるようになるだろう」と思っていたという。しかし、故郷の島は今も戻らない。「この約80年、怒りの気持ちは忘れていない」 国後島・泊村出身の野口繁正…この記事は有料記事です。残り1096文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません

【この記事の続きが読める】有料記事が読み放題のスタンダードコースが初回1カ月無料!詳しくはこちら宅配紙面の購読者なら、ダブルコース半年割がお得です。詳しくはこちら

この記事を書いた人三木一哉北海道報道センター|後志地方、科学医療等専門・関心分野相模原の歴史、東アジアと日本のかかわり、公共交通など山本智之専任記者<海洋生物・水産>、釧路支局長専門・関心分野海洋生物、地球環境関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする