印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアするAストーリーズ 祭りの灯 だれと続くのか(4) 人は減った。神社の拝殿は消え、神事も途絶えた。それでも祭りの日、キリコは動く。

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奥能登の外浦海岸に面した石川県輪島市南志見地区。この地に伝わる水無月(みなづき)祭りは、「夏越しの神事」を特徴とするキリコ祭りだ。キリコとは、みこしを先導する大きな灯籠(とうろう)のこと。 住民が「厳かですがすがしい」と話す浜辺での神事は、地震と豪雨があった2024年以降、行われていないという。【動画】祭りの灯 だれと続くのか 祭り前日の7月29日、現地に入った。海岸線の国道から小さな谷間の集落へ折れると、道路工事の作業員のほかに人影は少ない。山肌には土砂崩れの跡が残る。被災した南志見住吉神社の拝殿は取り壊されて更地になっている。統計によると南志見の人口は震災を経て、740人から540人に減った。 区長の星野武司さん(69)は、昔の光景が忘れられない。 「私が小学1年の時に組のキリコが建ったんです。家の前でキリコに乗せてもらって、笛の音がピーヒャロヒャロと鳴ってね。キリコを動かす大人の様子や、うれしかった気持ちをよく覚えています。でもそんなにぎやかな水無月祭りはもうできない」 かつて5基のみこしと12基のキリコが巡行したが、今はみこしは出ず、キリコの数も減った。 それでも6月、星野さんらは「子供キリコ」は巡行させると決めた。 祭り当日の夕方、子供キリコのリーダー、山崎裕之くん(13)は、父・葵(まもる)さん(40)と太鼓を練習していた。かつて南志見小学校では、住民が児童におはやしを伝承する授業があった。だが、小学校は閉校し、おはやしを教わる場もなくなった。ほとんどぶっつけ本番だ。 「もっと強くたたかんかぇ」 葵さんの檄(げき)が飛ぶ。裕之くんは額に汗を光らせて出発直前まで稽古した。 午後7時過ぎ、子供と笛や誘導で支える大人で、神社に向けて出発。途中、キリコを止めては裕之くんと輪島市街から応援に駆けつけた子供が、かわるがわる太鼓をたたいた。 巡行を終えた裕之くんは、「みんなでパーッと打ち合ってすごく楽しかったです」と笑った。水無月祭りで太鼓をたたく子供ら=伊藤進之介撮影 星野さんは、子供キリコを動かす理由をこう語る。 「子供に祭りの楽しさを味わってほしい。祭りを忘れないで、ずっと続けていってほしいという願いからです」 夜、更地になった境内に太鼓ばやしがこだました。仮設住宅の前で、7基のキリコの明かりが揺れていた。高齢の女性が外に出て、太鼓をたたく子供を見つめていた。 同じ能登に、人が戻らなければ動かない祭りがあります。故郷を離れた人は、何を思い戻ってくるのでしょうか。住む場所は変わっても、祭りは僕の一部 七尾市石崎町の石崎奉燈祭(…この記事は有料記事です。残り888文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません