この社説のポイント●コスパ・タイパ志向を強める政治のもと、社会保障や福祉の仕組みは、岐路にある●縦割り福祉の壁を越え、地域で誰でも包摂する「ごちゃまぜ」福祉は、民間企業「ノキシタ」をはじめ、各地に広がる●地域で支え合い、ケアを生み出す拠点への投資は、社会の持続可能性を高める
[PR]
早く、効率的に「手取り」を増やすには、税や社会保険料を減らすのが一番――。そんな「コスパ・タイパ」志向を強める政治のもと、私たちが必要とするケアを、どう持続的に生みだしていくか。光はどこにあるのか。 震災被災者の移住先として開発された仙台市田子西地区。高齢者や障害者が多く暮らす復興公営住宅の近くに、共生型複合施設「オープン・ヴィレッジ・ノキシタ」は2019年に開所した。敷地内には保育園、障害者支援センター、就労訓練の場でもあるカフェ。数百円で利用できる交流スペース「エンガワ」には、月300人ほどが来訪。夏休み中、家で過ごすのに疲れた親子でにぎわう。 ノキシタのスタッフで、重度知的障害者の加藤宙歩(ひろむ)さん(26)は、訪れる人を迎え入れ、交流するのが仕事だ。笑顔で手をつなぎ、お年寄りに世話を焼いてもらい、保育園の子どもと一緒に地面を歩くアリを観察する。支え合いの「可視化」 ノキシタの「村長」は宙歩さんの父、清也(きよなり)さん(62)。「少子高齢化でも持続可能で、誰でも暮らしやすい新しいまちづくり」のノウハウ蓄積と普及を事業とする、株式会社を設立した。道路の技術者として30年勤めた建設コンサルタント大手の国際航業から、資本金3千万円の出資を受ける。 原点は、宙歩さんと、認知症を患う清也さんの父が一緒にお風呂に入る光景だ。孫は祖父が繰り返す同じ話をニコニコしながら聞き、祖父は支えられる立場から支える立場に変わり、元気になる。 縦割り制度の壁を越え、地域で支え合う。官民の福祉関係者が「ごちゃまぜ」と呼ぶ取り組みだ。そこから、社会が抱える課題や真のニーズに気づく。新たな価値をつくり出して事業の形にし、公的なお金だけでなく、民間の資金も呼び込む構想が生まれた。 価値をわかりやすく伝える取り組みが、社会的投資収益分析(SROI)だ。公共的なプロジェクトによって創出される「インパクト」と呼ばれるプラスの変化を把握・計測し、価値として可視化する分析手法。英国を中心に普及している。 SROIを研究する明治大学の塚本一郎教授は、日本で民間企業と自治体が連携し、「女性の就業・子育て両立」や「子どもの学習・生活」を支援する事業の計測評価を手がけてきた。 いま、エンガワの利用者と、障害者との交流が生み出す価値の可視化に取り組む。利用者の来訪回数や滞在時間を調べ、「自己肯定感や、心の安らぎは向上したか」などのアンケートをとる。同じような効果を得るために、行政によるセミナー開催の費用や、個人がカウンセリングを受ける料金などを参照し、便益を推計。障害者雇用にかかる費用と比べた有効性を数値で示す作業を進める。次の世代へつなぐ 障害者や認知症高齢者を含め、ケアを必要とする人を、国民がお金を出し合って支える。その社会保障や福祉の仕組みは、大きな岐路にある。 高市早苗首相は来年4月から2年間、飲食料品の消費税を減税する方針を決めた。背景には、近視眼的な政治の広がりがある。「手取り」を増やすことに重きが置かれ、障害や高齢といった属性による「制度縦割り」の福祉は財源の壁に当たる。 障害の有無や年齢に関係なく、誰でも包摂する「ごちゃまぜ」福祉は、石川県にある社会福祉法人・佛子園(ぶっしえん)の先駆的な実践をはじめ、各地に広がる。全国1万2600カ所にまで増えた「こども食堂」は、多様な人が集まる居場所の意味合いも持つ。 問われているのは、社会の持続可能性(サステイナビリティー)だ。環境、社会、企業統治のESG活動に取り組む企業にも目を向けていきたい。環境への配慮を未来への投資と考えるのと同じく、多様な他者と交流し、支援する地域をつくるのは、社会を維持する投資であるからだ。 認知症と軽度認知障害の人は1千万人超、高齢者全体の28%を占め、さらに増える。 「地縁、血縁、社縁」が弱まるなか、人々がそれぞれ役割を持ち、互いを支える新たなつながりを生み出す。こうした営為を積み重ね、ケアの総量を増やし、次の世代へつないでいくことこそ、社会の持続可能性を高める。切り捨てない社会を ケアは、社会を存続させる基底的な条件だ。必要な総量を誰かが担う。 それなのに、社会全体でケアを生み出すのに欠かせない労力やお金について考えず、「今だけ、ここだけ、自分だけよければいい」という思いに乗じた政治を進める。その行く末は、家族に負担を押しつけてきた過去に逆戻りするか、支援を受けられず、孤立する人を増やしてしまう。 人は誰でも年をとり、弱くなり、障害者にもなる。「ケアしあう拠点」を地域につくり、支え合いを体感する。私やあなたが切り捨てられない未来をつくる、第一歩だ。消費税の減税は重大な岐路だ 譲らない高市首相に映る二つの危うさ「社説digital」は、朝日新聞朝刊に掲載する社説をいち早くお届けします。






