この社説のポイント●核兵器が使われてはならないとする規範「核のタブー」が、かつてないほど揺らぐ●AI(人工知能)の進化は新たな脅威だ。核兵器の運用への影響が懸念されている●危機を座視せず、タブーが破られるのを阻止することが戦争被爆国・日本の役割だ
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核兵器が決して使われてはならないという規範、いわゆる「核のタブー」が、かつてないほど揺らいでいる。 被爆地・広島の横田美香知事は、7月28日の記者会見で「核兵器をめぐる国際情勢は大変厳しく、タブーが破られかねない危機の中にある」と語った。これが決して誇張ではない現実に、我々は向き合っている。 とてつもない破壊力を持つ核兵器を手にする国々が、国際社会が積み重ねてきたルールを無視し、次々と戦争や紛争の当事者となっている。核をめぐる国際的な歯止めは次第に失われ、機能不全に陥っている。 国際情勢の変化だけではない。核兵器自体が変容し、新たな脅威も広がる。軍事利用が進むAI(人工知能)だ。核と深く結びつけば、人間の制御が及ばない形で、破滅への引き金をひきかねない。核保有国が戦火 いま、9カ国が核兵器を持つとされる。核不拡散条約(NPT)が核保有を認めている米国、ロシア、英国、フランス、中国のほか、条約に非加盟のインド、パキスタン、イスラエル、条約からの脱退を宣言した北朝鮮だ。 ロシアは2022年、ウクライナに侵攻し、いまも戦闘が続く。米国は今年、イスラエルとともにイランを攻撃した。イランに核兵器を持たせないためだ。それでいて米国は、イスラエルの核保有を問題視しない。 北朝鮮は砲弾の供給や兵士の派遣でロシアの侵攻を支えた。パキスタンとインドは昨年、軍事衝突した。 核保有国の多くが戦争や紛争にかかわる深刻な事態だ。 世界の核弾頭の総数は1万2千発を超える。そのうち8割以上を米ロが占める。両国は互いの核弾頭数に制限を設ける新戦略兵器削減条約(新START)を結んでいたが、2月に失効し、核軍縮の枠組みがなくなった。 米ロに英仏中を加えた5カ国はNPTのもとで課された軍縮義務を果たさない。フランスは3月、核弾頭を増やし、欧州に核の傘を提供する考えを示した。 こうした核保有国の動きは核を持たない国々の不安をかきたて、核に頼らせるという悪循環を招く。23年に北大西洋条約機構(NATO)に加盟したフィンランドは今年、自国への核兵器の持ち込みを認めるに至った。AIがもたらす脅威 すさまじい速度で進化するAIが核兵器の指揮・統制に組み込まれれば、偶発的な核の使用を招きかねない。瞬時の判断を迫られるなか、AIが示す分析や方針を人間が追認せざるを得ない、といった事態すら現実味を帯びる。 専門家らは危機感を募らせている。7月にはイタリアでAIと核兵器の問題をテーマに国際会議が開かれた。ノーベル賞受賞者を含む科学者や専門家らが議論を重ね、AIの責任ある利用や核軍縮などを求める宣言を発表。AIを核関連システムに無謀に組み込むことを禁じる国際条約の採択を訴えた。核保有国がリスクへの認識を共有し、対話を進めることが急務だ。 核保有国や核の傘に守られる国々が依拠してきたのは、核兵器があれば、相手も報復を恐れて攻撃できないという「恐怖の均衡」に基づく核抑止の考えだ。ただ、核兵器という巨大なシステムには誤作動や動かす人間の誤解、疑心などのリスクがつきまとう。核を持つ国々が正確な情報から合理的な行動をとることが前提だが、最近のロシアや米国の振る舞いは、その前提に疑念を抱かせる。 核兵器では、威力が比較的小さい低出力型の開発も進んでいる。核の使用に踏み切るハードルを下げかねないという不安は、核抑止を支持してきた専門家の中にも広がりつつある。戦争被爆国の役割 「長崎を最後の被爆地に」 長崎原爆資料館の展示室に入ると、この言葉に出会う。痛切な願いだ。 1945年8月に米軍が広島と長崎に投じた原爆は、同年だけで21万人の命を奪い、死を免れた人々も長く放射線の影響に苦しんだ。そして、被爆者たちは核兵器がいかに非人道的な兵器なのかを訴え、語り続けてきた。 その声こそが力となり、核のタブーの礎となった。2024年には日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)にノーベル平和賞が贈られた。代表委員の田中熙巳さんは7月の長崎でのシンポジウムで「絶対に同じ苦しみを与えてはいけない」と訴えた。 核兵器をめぐる危機的な状況にもかかわらず、4~5月のNPT再検討会議は軍縮への具体的な行動で一致できなかった。11月から核兵器禁止条約の再検討会議も予定される。日本政府は国際会議などあらゆる機会を通じ、核兵器がもたらす惨禍を訴え、保有国に軍縮・廃絶への具体的な行動を求めていくべきだ。 このまま座視し続ければ、いつか「核のタブー」は破られかねない。それを阻止することこそが、戦争被爆国である日本の役割だ。見知らぬ男性救い、13歳で逝った姉 「生きた証」60年後に戻った「社説digital」は、朝日新聞朝刊に掲載する社説をいち早くお届けします。








