北陸新幹線のルート、なぜ「小浜」? そもそもの疑問を突き詰めると2026年8月4日 6時50分久保智祥印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする

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53年前に国の計画が決まった北陸新幹線。大阪への最後のルートが、再び「小浜・京都ルート」に決まりました。そもそも、なぜ「小浜」に決まったのか……。記者が、取材を振り返ります。最初に「小浜」ルートを書いた人は東京と新大阪をつなぐ北陸新幹線の鉄路は、福井県の敦賀市内で途切れています。東京―敦賀間(575.6キロ)から先は、2016年度に当時の与党が「小浜・京都ルート」と決めていました。「なぜ、小浜なんだろう」延伸をめぐる議論を取材し、素朴に抱いた疑問です。かつては日本海側を代表する海運の拠点の一つでしたが、いまは人口3万足らずの地方都市です。この疑問が、地域に新幹線が来ることの意味を考える連載「北陸新幹線できないかな」の出発点でした。1973年に決まった新幹線の整備計画に、経由地として「小浜市付近」とあります。しかし、そう書かれた理由を福井県庁の担当課で尋ねても「それに答える公式な資料はないんです」といいます。当時の事情を知る人を探し、小浜市に住む元県職員の網本恒治郎さん(85)にたどりつきました。「小浜を通るルートを最初に書いたのは、私の上司だった福岡さんです」「地域格差の是正」への願い1973年当時、県から国に要望するルート案のとりまとめにあたっていた県企画調整課の福岡正孝さん。既に亡くなっていましたが、福岡さんが新幹線について記した文書が遺族の元にあることもわかりました。半世紀以上前のいきさつを取材すると、小浜を通るルートを引いた根幹に「地域格差の是正」への願いがあり、その思いを当時の宰相・田中角栄氏がくんだ経緯が見えてきました。自民と維新に与党が変わったことで、議論が再燃した延伸ルートは、この7月、再び「小浜・京都ルート」に決まりました。京都市内の新駅については「桂川案」で合意しました。届かない鉄路を待つうちに、地域から人が減りゆく時代になりました。「新幹線できないかな」という人々の切なる願いの行方と、地域の変化を見つめ続けたいと思います。ニュースが身近になるメディア「withnews」https://www.asahi.com/withnewsTikTokアカウント:https://www.tiktok.com/@withnewsYouTubeアカウント:https://www.youtube.com/@withnewschannel有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人久保智祥福井総局専門・関心分野寺社、宗教、文化財、文化、美術印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする