ストーリー山崎靖印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする
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1945年8月1日夜、米軍機の空襲の炎から逃れるために新潟県長岡市民が目指したのは、市内を見下ろすように立つ「水道タンク」だった。長岡空襲と長岡花火を題材にしたアニメ映画「君と花火と約束と」(公開中)にも、市民が目印にした場所として登場する。なぜ、水道タンクだったのか。 当時6歳で国民学校の1年生だった小林善雄さん(87)は、乾物店を営む家に4世代約10人の大所帯で暮らしていた。 家族の間では、空襲に遭ったら、家から800メートルほどの信濃川の土手に逃げると決めていた。焼夷(しょうい)弾が集中する市街地から距離があり、衣服に火の粉がふりかかっても川の水で消せるからだった。家族に手を引かれて信濃川に逃げた 81年前の夜、空襲警報を聞いた。爆撃機の轟音(ごうおん)が響く空は怖くて見られなかった。茶色の防空ずきんをかぶって家を出た。斜め向かいの料亭からはすでに炎があがっていた。 「家族から『手を離すな』と…この記事は有料記事です。残り1026文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする






