ストーリー岡崎祐仁 永渕真緒印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
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1945年5月29日、横浜の市街地は約44万個の焼夷(しょうい)弾によって猛火に包まれた。直後の発表では、死者3650人、罹災(りさい)者は31万人超。学校にも通っていなかった小さな子どもたちの横浜大空襲の記憶は、81年たった今も鮮明だ。炎の中、水を浴びて歩いた4キロの道 中区本郷町の自宅まで100メートルもないが、友人宅を出た当時5歳の金子光一さん(86)は気が動転して、反対方向へ歩き出した。 朝から空襲警報が鳴っていたが、金子さんは友人との遊びに熱中していた。「(警報は)日常茶飯事だから、慣れちゃっていたんです」 外の様子に気づいた友人の母に促され、友人宅を出たのは午前11時半ごろ。道路にまで煙が広がり、街の様子は一変していた。目の前を通った2人の男性を追いかけてしまった。 母が編んだ草履に、熱さが押し寄せた。道中、男性らが防火用水槽から水をくみ、金子さんに浴びせてくれた。「大人だって自分のことでいっぱいいっぱい。(勝手について行って)迷惑だったかな」。言葉はなかったが、何度か後ろを振り返ってくれた。 男性の背中だけを見つめ、高…この記事は有料記事です。残り1746文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする






