ストーリー第5回花火大会を見に行けないおばあちゃん、どうして? 体揺さぶった記憶伊東聖印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする
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浴衣姿のみいちゃんが、花火大会に行こうとおばあちゃんを誘う。紙芝居「ふうちゃんのそら」は、そんな場面から始まる。おばあちゃんが困っていると、みいちゃんのお母さんが説明する。「ばあちゃんは、花火が苦手なんじゃけん」。その理由が明らかにされていく――。【消えない傷あと:1】傷つくってどういうこと? 元乃木坂46の和田まあやさんと考えた 太平洋戦争末期の1945年7月。中峠(なかたお)房江さん(88)は当時7歳。国民学校(今の小学校)の2年生だった。 《空が怖かった》 《音が怖かった》 広島県呉市の中心部。父はうどん店を営み、母と5歳上の姉と家族4人(次姉は疎開中)で暮らしていた。呉は旧海軍の軍港・軍都として栄えた街。戦艦大和が造られたことで知られるように、軍艦や航空機などを造る工場が集中していた。米軍の標的になった。 空襲の恐れがあると、まず警戒警報が鳴る。米軍機が近づくと空襲警報に変わる。警報が鳴ると、怖くて髪の毛が逆立つほどだった。授業は中断され、耳を塞ぎながら、家路を急いだ。空からは、B29の低いエンジン音が、降ってくる。飛行機の音も、とにかく怖かった。 《空は怖い物がやってくるところだった》 市史によると、44年には合わせて41回だった警報は、45年に入ってから急増。8月の終戦までに298回発令されている。呉地区への空襲は3月19日以降、14回に及んだ。 爆弾が落とされる。耳から聞こえる爆発音だけでない。衝撃が、腹の底を、体の芯を揺さぶった。ドーンという音「声が出なくなった」 その感覚が、体に残っている…この記事は有料記事です。残り956文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません
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この記事を書いた人伊東聖呉支局長専門・関心分野事件、沖縄、被爆者・戦争体験者、街だね関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする






