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Re:Ron特集「時代のことば」 曖昧な弱者 貧困層やマイノリティー(少数者)などの「明白な弱者」ではない。しかし、中間層やマジョリティー(多数者)である自分たちは損をしている――。 社会学者の伊藤昌亮さんは、そう感じる人たちを「曖昧(あいまい)な弱者」と定義し、動向に注目してきました。不毛な「弱者争い」が起きていると警鐘を鳴らし、乗り越える道筋を提起します。この言葉が映し出す日本社会の現状とは。社会学者・伊藤昌亮さんインタビュー話題のキーワードや新たな価値観、違和感の言語化……時代を象徴する「ことば」を、背景にある社会とともに考えます。Re:Ron特集「時代のことば」これまでのキーワード記事のポイント・どんな存在か・2000年代の「弱者男性」論・過激な主張の「モンスター」化防ぐには・「再分配の政治」「承認の政治」二正面作戦で・「テック左派」掲げ対抗を【コメントプラス】伊藤昌亮さんのコメントまとめ読みはこちら■どんな存在か ――伊藤さんが近年注目してきた「曖昧な弱者」とは、どんな存在でしょうか。 社会的な「弱者」というと、貧困層や女性、外国人、LGBTQ、障害者、高齢者などのマイノリティーを思い浮かべる人が多いでしょう。こうした「明白な弱者」に対し、「曖昧な弱者」は「弱さ」が必ずしも自明ではないけれど、主観的には「自分たちだってつらい」「それなのになぜ守られないのか」と感じている人たちのことです。 高齢者だけじゃない。現役世代もつらい。女性だけじゃない。男性もつらい。外国人だけじゃない。日本人もつらい。こうした「弱者」の公認リストに入らない「普通」を自認する人たちが、自分たちの「つらさ」を訴え、「弱者」の仲間入りを求めています。 ――曖昧で幅広い層ですね。いつごろからの現象ですか。 一例を挙げれば、月刊誌「論座」2007年1月号に「『丸山真男』をひっぱたきたい 31歳、フリーター。希望は、戦争。」という論考を発表し、賛否を呼んだ赤木智弘さん(フリーライター)のことを記憶している人もいると思います。赤木さんは、就職氷河期が一人一人の人生を左右し、将来の展望が見えずにいる不遇を語り、「希望は戦争」と思わずに済むようにしてほしいと訴えました。 そのような就職氷河期の恨みつらみがねじれたかたちで、一部は在特会(在日特権を許さない市民の会)やネット右翼などの主張へと流れ込み、やがては参政党や高市早苗首相への支持につながっているという認識です。 その源流の一つはゼロ年代(2000年代)の言論空間にあります。ネットの言説分析を続けるなかで、不遇感や剝奪(はくだつ)感を抱えた「曖昧な弱者」が社会全体の方向性を左右する存在になっていると気づきました。■2000年代の「弱者男性」論 ――赤木さんの論考を担当した編集者の一人として振り返れば、彼の問題提起は、議論のきっかけの一つとなった一方で、賛否両論の反応が強烈でした。その後の流れはどう展開しましたか。 赤木さんの訴えは、後の「弱者男性」論の起点の一つになりました。2000年代の格差・貧困をめぐる議論の一部は、民主党政権の誕生と挫折を経て、10年代前半には「生活保護バッシング」へとねじれていきます。生活保護受給者という「明白な弱者」に対し、「自分たちだってつらいのに」と感じる人たちの一部が不満を募らせ、弱者バッシングのかたちで噴出しました。こうした動きの担い手を「曖昧な弱者」と名づけました。 ――でも、外国人よりも日本人を大事に、マイノリティーの「特権」を解体せよ、といった主張を容認していいのでしょうか……。 「曖昧な弱者」の動向に注目しているからといって、過激な主張の「主流化」を追認したり妥協したりするつもりはありません。本来の「主流」は、平和や人権を尊重するリベラルな価値観の側にあるべきだと考えています。 ただ、問題があるけれども現に存在し、大きな影響力を持つに至った「曖昧な弱者」を研究対象として対処を考える必要はあると思っています。 思い返せば2000年代には、ジェンダー平等やフェミニズムに対する「バックラッシュ」(反動)が議論になりました。当時は、ジェンダー平等の動きに対して古い権威にしがみつく「強者男性」が反発しているという見方と、古い権威とは縁遠い「弱者男性」が反発しているという見方がありました。20年たてば、どちらの見方も正しかった。「強者男性」と「弱者男性」が結託するかたちで、バックラッシュが大きな流れになったと言えます。 ――「曖昧な弱者」と「弱者男性」との関係は。 月刊誌「現代思想」2022年12月号の特集「就職氷河期世代/ロスジェネの現在」に「『弱者男性論』の形成と変容 『2ちゃんねる』での動きを中心に」という論考を書きました。 赤木さんのように、男性として期待する収入が得られず、女性にもモテない男性の「弱者」性を前面に打ち出す議論が登場したのは00年代。左派・リベラルは、そうした「弱者男性」の訴えを受けとめ損ねました。とはいえそれは無理もないことで、当時は差別解消がなかなか進まず、男女平等を目指すフェミニズムなどの「明白な弱者」側には、「曖昧な弱者」の言い分を聞く余裕などなかったからです。しかし一方で、弱さやつらさを受けとめてもらえなかった「弱者男性」が「曖昧な弱者」の一部となり、左派・リベラルへの反発を強めるという流れが生まれました。 ――カネも地位も発言力もない「弱い」男性が「弱者」と認定されなかったのはなぜでしょうか。 非正規雇用や人間関係の孤立…