インタビュー自己を通した民族誌 「優しい地獄」著者のオートエスノグラフィー論聞き手・菅光印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

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Re:Ron特集「時代のことば」 オートエスノグラフィー 文化人類学や社会学で、自分の経験や記憶などを通して社会や文化を分析する「オートエスノグラフィー」という研究手法があります。個人の経験と社会を接続する手法は、研究者に限らず、足もとから社会課題を考える際のヒントになりそうです。著書『優しい地獄』で故郷ルーマニアの社会変容を描いた文化人類学者のイリナ・グリゴレさんに、オートエスノグラフィーの意義や可能性について聞きました。文化人類学者イリナ・グリゴレさんインタビュー話題のキーワードや新たな価値観、違和感の言語化……時代を象徴する「ことば」を、背景にある社会とともに考えます。Re:Ron特集「時代のことば」これまでのキーワード ――オートエスノグラフィーは、自己を示す「オート」と民族誌を示す「エスノグラフィー」のふたつの言葉が合わさっています。どのような研究手法でしょうか。 研究者自身の個人的な経験、記憶、感情、身体性を中心に据えながら、文化、社会、歴史的文脈を記述、分析、批判する質的研究手法です。 伝統的な民族誌が「他者」を客観的に観察しようとするのに対し、ここでは「自己」がフィールドになります。当事者研究という側面もあります。 ――「自己がフィールドになる」ことでどのような特徴が生まれるのでしょう。 主観的で詩的な語りと、人類学的洞察が融合します。 また、自らの立場を振り返る「分析的再帰性」が特徴で、私の場合は、ルーマニアでの社会主義経験、移民、母親、人類学者という立場を通してオートエスノグラフィーに取り組んでいます。 ――影響を受けた研究や研究者は? 民族誌研究として、私はまず映像を撮ることからスタートしています。青森・弘前を拠点に獅子舞の研究を始め、2016年には映像をベースにした展示の形で発表しました。映像人類学といわれる領域で私が一番影響を受けたのは、フランスの映画監督で映像人類学者のジャン・ルーシュ(1917~2004)です。 ――西アフリカ・マリの村で撮影した記録映像を私も見たことがあります。 ジャン・ルーシュは、自分の声でナレーションを入れ、映画の中に映り込むこともありました。現地の人と対話を重ねて映画を作りながらも、自分という存在を映画から消すことはありませんでした。■日常の細部から描くディストピア ――『優しい地獄』では、独裁的な社会主義政権が崩壊した1989年の革命を経て、混乱する90年代のルーマニア社会が、イリナさんの記憶とともに描かれています。普通にエッセーとして読めるものですが、オートエスノグラフィーとしての特徴はどのようなところでしょうか。 味、匂い、触感、風景といった私自身の感覚経験を微細に描写し、それらを歴史的、文化的文脈と結びつけています。ここではルーマニアの社会主義体制から民主主義・資本主義への移行、権力の監視構造、チョルノービリ(チェルノブイリ)原発事故の影響、移民の身体といったものです。 日常の細部が、記憶や文化の継承を象徴的に浮かび上がらせます。祖父母から3世代の家族史を通じて、そこで生まれ育ったネイティブの視点から社会変動を描く点が人類学的価値を高めていると思います。 『優しい地獄』というタイト…この記事は有料記事です。残り2497文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人菅光デジタル企画報道部ディレクター|言論サイトRe:Ron専門・関心分野アフリカ系の音楽・文学・歴史関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする