この社説のポイント●津久井やまゆり園の障害者殺傷事件から10年。障害者と共生する地域社会をめざす歩みは思うように進んでいない●命に優劣をつける優生思想は、形を変えながら、いまも社会に存在し続けている●誰もが障害者やその家族になりうる。明日の自分ごとと考え、助け合う社会をつくりたい
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どのような障害があっても尊厳をもって、地域で安心して暮らせる「共生社会」をどうつくるのか。 多くの障害者とその家族を不安に陥れた10年前の凄惨(せいさん)な事件は、日本社会に重い課題を突きつけた。この間、実現に向けた歩みは、前に進んだのだろうか。地域での共生に壁 相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が殺害され、職員を含む26人が負傷した事件は、2016年7月26日未明に起きた。郊外の大規模な施設で突然命を奪われた被害者の多くは、親の高齢化などで家族によるケアが難しくなった重度の知的障害者だった。 事件以降、共生社会の理念に基づき、障害者の暮らしの場を大規模な施設から地域に移していく取り組みが加速した。少人数で暮らすグループホーム(GH)が、その有力な受け皿になっている。営利企業の参入で数は増えたものの、手厚いケアが必要な重度障害者が暮らせる拠点は、圧倒的に足りない。地域での暮らしを支える福祉サービスの基盤の整備は不十分だ。 この20年で、延べ5万人強が入所施設を出て地域での生活に移ったが、近年は伸びが鈍る。いま、全国の入所施設約2500カ所で暮らす障害者は約12万人。このうちの大半は知的障害者だ。 国は入所施設を段階的に減らしていて、空きは乏しい。延べ約2万人が入所待ちをしているとの調査もある。地域への移行が難しい、高齢で障害が重い入所者が増えていて、国の政策は壁にぶつかっている。重度知的障害者の居場所はむしろ狭まっている。 これが、障害者を包摂する共生社会をめざす日本の現在地だ。社会に残る優生思想 10年前、凶行に及んだ元職員の植松聖(さとし)死刑囚は、夜勤の職員に「しゃべれるのか」と確認しながら、話せない入所者を狙い、刃物で襲った。意思疎通ができない重度障害者は「生きる価値がない」などと、犯行を正当化した。命に優劣をつける優生思想が社会に根強く残っていることを、鋭くあぶり出した。 障害者に不妊手術を強いてきた旧優生保護法は2年前に違憲と判断された。戦後長く続いた人権侵害への償いが始まる一方、ダウン症など胎児の染色体異常を母親の血液で検査できる出生前検査が普及し、受精卵の遺伝子を調べる着床前検査も広がる。社会が障害児者のケアの重い負担を家族に負わせてきた中で悩みながら検査を受ける人は少なくない。優生思想は形を変えながら社会に存在し続ける。 国連のSDGs(持続可能な開発目標)がめざす「誰一人取り残さない社会」の理念に、異を唱える人は少ない。その陰で、障害者向けGHの建設計画に対する住民の反対運動が各地で起きる。障害者への虐待も年々増える。 優生思想は人の心の奥底に潜み、知らず知らずのうちに頭をもたげるものだ。生産性や効率を過度に重視する風潮の強まりは、その芽をふくらませかねない。私たちが生きる社会は、障害者の存在を共同体の負担ととらえ、市場原理で命の選別を許す考え方と地続きになっていないか。 「命の価値は横一列。この考えを失ったとき、社会は人を選び、排除し始める。すべての命がそのままで尊重される社会であってほしい」 筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者で、全身にまひがある元参院議員の舩後(ふなご)靖彦さんは、昨年国政を離れたいまも訴え続けている。 内なる優生思想を拭い去るのは難しいことだ。心の奥底から目を背けず、この思いを分かち合いたい。「明日の自分ごと」 岐阜県飛驒市長を務める都竹(つづく)淳也さんは、市政の最重点施策に、困難な立場にある障害者や医療的ケアが必要な人の支援を掲げる。 22歳の次男に自閉症を伴う重度の知的障害がある。困難な立場は「明日の自分ごと」かもしれない。困ったときは頼ればいい、と思える地域づくりに取り組む。 10年前の就任当初は市内にゼロだったGHを、障害が重い人も入れる形で整備した。市町村で初めて、直営の児童精神科の診療所も設け、福祉の基盤を着実に整えてきた。住民の理解は次第に広がり、障害者施設の建設反対運動は、めっきり減ったという。 今は健康でも、病気や事故で障害を負うことも、障害がある子や孫が生まれてくることもある。誰しも起こりうることなのに、自分がその立場になるとは考えにくい。「当事者の立場に置き換えて、考えてみることが必要です」 建て替えられた津久井やまゆり園の広場。遺族有志が設けた「鎮魂の碑」には、「助け合う社会のすばらしさ、大切さを、もう一度考えてみてください」と刻まれている。 ささいなことでもいい。困っている人の役に立ちたいと思う人、課題を解決していく人を、地域で少しずつ増やしたい。障害者やその家族を孤立させない共生社会を築いていく、力になるはずだ。障害者への差別意識は変わったか やまゆり園事件10年、当事者は「社説digital」は、朝日新聞朝刊に掲載する社説をいち早くお届けします。







