コラム・寄稿障害者文化論研究者・荒井裕樹=寄稿印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする
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障害者文化論研究者・荒井裕樹さん寄稿 2016年7月26日、相模原市の知的障害者福祉施設・津久井やまゆり園で、元職員により入所者19人が殺害され、入所者・職員26人が重軽傷を負った事件から10年が経つ。あらためて、尊い生命を奪われた被害者に哀悼の意を表し、今なお癒えない傷と悲しみを抱え続けてこられた方々に心からお見舞い申し上げたい。 犯行の規模と残忍さだけでなく、社会に与えた衝撃の大きさを見ても、本件は犯罪史に特記される重大事件だろう。にもかかわらず、私の記憶では事件の3年後あたりから関係者たちが「記憶の風化」を懸念しはじめていた。10年という時間が経ち、この懸念はますます色濃くなっている。 衝撃的でありながら急速な風化が進むという事態をどう理解すればよいのか。種々要因はあるだろうが、強いて私見を述べるなら、本件が「障害者施設という世間から遠く離れた場所で、異常な人物が起こした極めて特異な事件」として受け止められ、深刻な社会問題の顕(あらわ)れという危機感が共有されにくいのではないか。 事実、当時の政府が事件への対応として上げたのが精神保健福祉法の改正案だったことを忘れるべきではない(実行犯に精神科病院への措置入院歴があったことから、同改正案では、退院後の措置入院患者に対する「支援」という名目で管理の強化が検討された)。 大切なのは、この事件を例外的なものと片づけるのではなく、私たちが生きる社会に「障害者への憎悪犯罪」を生みだす土壌があるという耐え難い事実を直視することだろう。すでに関係各所による調査報告や学識者による論考なども示されてはいるが、なおも広く議論を重ねていく必要がある。■拡散した実行犯の主張、強すぎる呪縛 とはいえ、この事件について議論するのは容易でない。考えるべき問題が多く、かつ一つ一つが根深いのである。 「障害者は生きる意味がない…この記事は有料記事です。残り2841文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません
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