ストーリー翁長忠雄印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする
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■聞きたかったこと 広島 広島県安芸太田町の岩本誓治さん(83)は小学校に入学する頃まで、まともな食事をした記憶がない。芋と豆ばかりだった。魚を食べるようになったのは、自分で川で捕まえられるようになってからだ。 加計町(現安芸太田町)の親戚宅の納屋の2階に住んでいた。3畳と4畳半の板の間。水道がないため近くの水場から水をくんだ。学校から戻ると、燃料になる木の枝を集めるため山へ行った。風呂は親戚宅のもらい風呂なので毎日は入れない。冬は腰くらいまで雪が積もる。暖は炭を起こしたこたつだけだった。 父親は林業などに携わっていたが、収入はわずか。母親は2人の妹と1人の弟の子育てのため、働くことができたのは岩本さんが中学生になったころだ。平屋建ての家に引っ越したのは中学1年のときだった。一家の悲劇、「就職に影響」と知らされず 将来に何の希望もなかった。家族だんらんの記憶がなく、楽しかった思い出がない。生き地獄だったと今も思う。 学校も面白くなかった。絵を…この記事は有料記事です。残り1008文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません
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