崩壊したわが家で夕食 熊本県氷川町の男性、避難所で暮らさない理由2026年7月31日 13時00分小林一茂印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする
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震度7の揺れが襲った熊本県氷川町の集落を、7月30日夕、取材で巡った。家は倒れ、水道は断たれ、電気は止まっていた。家の庭先で、夕飯の支度をする人の姿がちらほら見られた。避難所ではなく、壊れた「わが家」のそばで夜を迎えようとしていた。 会社員の上豊優征さん(33)は母の君代さん(67)と2人暮らし。家の旧母屋は崩れ、柱やはりがむき出しになっていた。部屋の奥には、約3年前に亡くなった父を含む親族3人の遺影が残されていた。ふだん暮らすいまの母屋も、割れたガラスが床に散らばり、壁は崩れ、倒れた冷蔵庫から中身が飛び出していた。 上豊さんは被災した家の敷地で、親族の男性と夕食をとっていた。大鍋で湯煎したレトルトのごはんにカレーをよそい、焼き鳥の缶詰やナスの煮浸しを並べた。勤務先の人や知人が届けてくれた支援物資だ。「ショックかって言われると、もう笑うしかないですね」 上豊さんが地震を知ったのは、出張先の福島県だった。スマホに表示された「震度7」の速報を見て、すぐに母に電話して無事を確認できたが、家の状況はわからなかった。郡山から博多を経由して帰った。目の前には、崩れた実家があった。 避難所で暮らさないのは、「火事場泥棒」を警戒しているからだ。壊れた家は鍵もかけられないため、誰かが家のそばにいるようにしている。 加えて、10年前の熊本地震の苦い経験もある。当時は避難所で約1週間暮らした。高齢の避難者が夜中に何度もトイレに立ち、余震のたびに会話が始まる。避難所を離れて車中泊もしたが、「ただ、ただ、疲れる」。 いまは町を離れるつもりはない。「ここに住むしかないでしょうね。どこに行ったって一緒だしね」。崩れた家を見やり、静かに話した。有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする






