洛北・修学院離宮に祇園祭の華麗山鉾「杉戸絵」 客殿の模写公開2026年7月22日 6時30分文・清水謙司 写真・新井義顕印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする
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修学院離宮(京都市左京区)の建物に、祇園祭の山鉾(やまほこ)を描いた杉戸絵がある。宮内庁京都事務所が報道陣に公開した。17日の前祭・山鉾巡行で都大路を華やかに進んだ3基が題材となっている。 修学院離宮は江戸時代初期、譲位後の後水尾上皇が比叡山のふもとに造営した広大な山荘(面積約54万平方メートル)。杉戸絵がある客殿は、京都仙洞御所に造営された東福門院(江戸幕府2代将軍・徳川秀忠の娘・和子で、後水尾天皇の中宮)の女院御所の奥対面所を1682年に移築したものだ。楽只(らくし)軒という建物と接続する。 客殿側の杉戸に岩戸(いわと)山と放下(ほうか)鉾、船(ふね)鉾はその裏(楽只軒側)に、細やか鮮やかに描かれている。山鉾巡行では慣例で順番が決まっている「くじ取らず」の3基だ。 岩戸山には天照大神の姿や、「山」の特徴でもある真松などが。放下鉾はご神体の放下僧の像が真木の中ほどに見えて、舞台では笛などを奏でるにぎやかな様子が伝わる。神功(じんぐう)皇后の出陣を題材とした船鉾には、武装した皇后の姿が目をひく。 これらの杉戸絵は近年の研究で、幕府御用絵師・狩野探幽の外孫にあたるとされる狩野敦信の作との説もある。原本は収蔵施設で保存。客殿では模写を見ることができる。 祇園祭は約1150年の歴史があり、山鉾巡行は町衆の伝統的なお祭りだ。格式高い宮殿建物に精密な巡行の杉戸絵が描かれたことは、祭りが身分を超えた幅広い層の人々の心を打ってきた歴史を浮かび上がらせる。 今年は後水尾上皇が天皇のとき、徳川幕府の招きに応じて二条城に出向いた「寛永行幸(1626年)」から400年の節目となる。上皇が「草木一本」に至るまでこだわって造営した修学院離宮は無料参観を実施しており、客殿の岩戸山と放下鉾の杉戸絵も鑑賞できる。 祇園祭は日本三大祭りの一つで、平安時代に起源があるとされる八坂神社の例祭。17日の前祭・山鉾巡行には23基が参加。24日の後祭の巡行では11基が町をゆく。有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません
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この記事を書いた人清水謙司京都総局|歴史、社寺文化財専門・関心分野歴史、社寺文化財、文芸、民俗、食文化、人権問題新井義顕映像報道部|京都駐在専門・関心分野写真、高校野球、文具、時代劇関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする






