ストーリー青く澄んだ海沿いの療養所 断種強いられた男性が娘への思い語る雨宮徹印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする

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現場へ! ハンセン病 残された記憶(5) 3月上旬、堕胎失敗によって生まれた女性と、その父親のハンセン病回復者に会うため、沖縄県にたどり着いた。 いまも回復者たちが暮らす島の国立療養所に向かった。あちこちに広がるサトウキビ畑が目に飛び込んできた。 青く澄んだ海沿いの療養所にある展示施設で、脱走しようとした患者を懲らしめるための「監禁室」に関する資料などを見た。 ハンセン病は感染力が強い病気だと誇大に強調され、まだ治療薬もなかった時代に療養所内の治安を守るためなどとして、全国の療養所に監禁室が設けられた。 この療養所では戦前、規則や職員に従わない患者は暴行を加えられ、監禁室送りになった。強制隔離された上に労働を強いられ、結婚に際しては断種や堕胎を迫られた。言うことを聞かなければ監禁され、食事を減らされた。 太平洋戦争末期には米軍の空襲があり、療養所職員は職場を放棄して逃げ出した。患者だけが残されたが、空襲で建物は破壊されて壊滅した。【ドキュメンタリー】ハンセン病と優生手術 70年経て見えた実態 その日、父親と女性(娘)に…この記事は有料記事です。残り864文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません

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この記事を書いた人雨宮徹福山支局専門・関心分野地方政治、ハンセン病、歴史、戦争・被爆者関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする