ハンセン病療養所で最大級の監禁施設、半世紀ぶりに姿 記者も確認雨宮徹 北村浩貴印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする【動画】掘り起こされたハンセン病の国立療養所「長島愛生園」(岡山県)の独房内部=北村浩貴撮影
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瀬戸内海の長島にある日本初の国立ハンセン病療養所「長島愛生園(あいせいえん)」(岡山県瀬戸内市)で、逃げようとした患者らを監禁した「監房(かんぼう)跡」の一部が掘り起こされた。約半世紀前に埋められたが、建物がほぼ原型を保っていることが確認された。ハンセン病療養所で最大規模の監禁施設で、国の強制隔離政策の象徴とされる監房の実態解明につながりそうだ。青く澄んだ海沿いの療養所 断種強いられた男性が娘への思い語る「亡くなった人の魂のゆりかごに」ハンセン病伝える若手学芸員の思い 掘り起こしをした愛生園とNPO法人「ハンセン病療養所世界遺産登録推進協議会」(瀬戸内市)によると、監房は1930年の開園時に建設された。鉄筋コンクリート造りで全長約22メートル、幅約4~5メートル。広さが4畳半ほどの独房など8部屋が直列で並び、高さ約3.4メートルの擁壁に囲まれている。 国内に13あるハンセン病療養所には、邑久光明園(おくこうみょうえん)(岡山県)や菊池恵楓園(きくちけいふうえん)(熊本県)などに監禁施設が残っている。愛生園の監房跡は最大規模とされる。栗生楽泉園(くりうらくせんえん)(群馬県)の監禁施設だった特別病室(通称・重監房)も規模は大きかったが、現在は基礎部分のみが残る。一部は再現され見学できるようになっている。 ハンセン病療養所では「懲戒検束権(ちょうかいけんそくけん)」という、減食や監禁といったかたちで患者を処罰できる権限が施設トップの医師に認められていた。愛生園の入所者自治会が82年に作った記念誌「隔絶の里程」によると、46~50年の約5年間でのべ158人が処分を受け、監禁された。日数の合計は1159日に及んだ。 処分理由は「逃走」が最も多く、「逃走未遂」「賭博」「飲酒暴行」などもあった。監禁日数は人によってバラバラで、正式な裁判や理由の説明はなかったとされる。なぜ埋め立てられたのか 半世紀ぶりに姿を現した国立ハンセン病療養所「長島愛生園(あいせいえん)」(岡山県瀬戸内市)の監禁施設だった「監房跡」。埋め立てられた背景には、入所者たちの忌まわしい記憶があった。鉄格子つきの独房は、人権が踏みにじられた時代の「負の遺産」と言える。 愛生園の監房は1953年に廃止された。その年、強制隔離などを定める法律の見直しなどを求め、全国の患者たちが起こした「らい予防法闘争」があった。 他の多くの療養所で監禁施設が取り壊されるなか、愛生園でも患者たちから「(監房跡を)壊すか見えないようにしてほしい」との声が上がり、断続的に土砂がかけられた。70年代には擁壁のごく一部を除いて土中に没し、その上に居住区画や道ができた。 2017年ごろから、瀬戸内海にあるハンセン病療養所を世界文化遺産にする運動が起こった。愛生園でも、入所者や市民らがつくったNPO法人「ハンセン病療養所世界遺産登録推進協議会」が監房跡の調査を始めた。 愛生園とNPO法人は21年…この記事は有料記事です。残り1240文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません






