インタビュー「亡くなった人の魂のゆりかごに」ハンセン病伝える若手学芸員の思い構成・北村浩貴印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

[PR]

■追悼の日に考える:上 6月22日は国が定めた「らい予防法による被害者の名誉回復及び追悼の日」。かつて「癩(らい)病」「癩」などと蔑称で呼ばれたハンセン病をめぐっては、過去の国の強制隔離政策の下で様々な人権侵害が起こりました。二つの国立療養所「長島愛生園」と「邑久光明園」がある瀬戸内海の長島(岡山県瀬戸内市邑久町)には、ハンセン病の歴史、入所者の歩みや声を伝え、社会とのつなぎ役を担う人たちがいます。いまなお残る差別や偏見の解消に向けたヒントを探ろうと、2回に分けて関係者を訪ねました。入所者の作品展示し「葛藤や矛盾まで焦点を」 邑久光明園の新学芸員「隔離の島」で生きがいは音楽だった 95歳入所者が歌手とCD制作 長島では、2025年春から長島愛生園歴史館に中茂葵さん(24)と大黒由樹乃さん(29)=いずれも香川県出身=、邑久光明園社会交流会館にキムラ・タダシ〈本名・木村直〉さん(28)=横浜市出身=が相次いで着任しました。奮闘する若手学芸員3人に現在の取り組みや思い、将来の展望などを語ってもらいました。(以下、敬称略)社会問題「元々興味があって」 ――療養所の学芸員になるきっかけは。 中茂 大学の日本史研究室の調査で長島愛生園を何回か訪れ、入所者と話す機会がありました。「歴史を聞けるのは最後の機会」と教えてもらい、やってみようと。 大黒 民間の美術品運送会社から転職しました。大学時代に薬害の資料調査に行った経緯があり、社会問題に元々、興味がありました。 キムラ 大学時代に、生活の場としてのハンセン病療養所の記録と継承をテーマに調査や研究、制作をアーティストとしてやっていました。朝鮮半島出身のハンセン病回復者の半生 市民が残した記録を声で再び ――学芸員として心がけていることはありますか。 中茂 解説に際してはハンセン病問題を知らない高校生などの世代には、私が高校生だった時のコロナ禍の経験を交えて、意識して話す時があります。見学者が「実態はこうだったんだ」と言ってくれると「0を1」にできた思いです。 大黒 当事者でない立場なので、入所者の意向や、知識をいかに正しく伝えていけるかは気をつけています。知らない側の気持ちにも寄り添えるようにしたいです。 キムラ 入所者を第一優先に考えて、対話や聞くことを大事にしています。課題として、例えば最後の1人がいなくなったら療養所はどうなるのか。入所者が(将来に向けて)主体的に動いて何とかしなければいけない現実があります。難しいですが、使命としてお手伝いしたいと思います。 ――島には入所者の資料や作品、遺構などが残っています。 中茂 手つかずのものを、少…この記事は有料記事です。残り1689文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません