深掘り第13回強いられた断種 違法と合法の線引きで、救われないハンセン病回復者田辺拓也印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
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1915年から90年代まで、国はハンセン病の患者に対して、本人の意思にかかわらず生殖能力を奪う手術などを行っていました。この記事のポイント①なにが起きたのか②どうして起きたのか③なぜ被害は広がったのか④同じ被害、補償された人とされなかった人⑤補償を受けられない理由⑥被害の数はどのくらい? 責任を認めた国は2025年、被害者に補償金を支払う仕組みを整えました。しかし、同じような被害でも手術した時期によっては、補償金を受け取れない人がいます。 どうしてでしょうか。経緯と課題を整理します。101歳の社会復帰「自由っていいねえ」 ハンセン病施設から故郷へ①なにが起きたのか ハンセン病の患者に、子どもを生ませないようにする手術が行われていました。具体的には、精管などを縛る断種手術や、妊娠を中断させる中絶手術などです。 ハンセン病は「らい菌」と呼ばれる菌が増殖し、皮膚や末梢神経を侵す病気です。顔や指先など衣服から出ている部分に症状が出やすいため、人目につきやすく、偏見や差別にさらされました。 当時、ハンセン病患者らは社会と切り離された「療養所」という施設で暮らしていました。 そこでは「結婚したいなら、子どもができないようにする手術を受ける」という運用がありました。 患者たちは療養所で弱い立場にあったので、医師の言うことを断れませんでした。結婚を望む患者たちは受け入れるしかありませんでした。 これらの手術は1915年に始まりました。当時の法律で、同意なく身体を傷つける手術は違法でした。1948年に「旧優生保護法」という法律ができると、それらの手術は合法化されました。②どうして起きたのか ハンセン病は感染力が弱く、遺伝もしない病気です。しかし、当時の社会では「感染力が強い、恐ろしい病気」という間違った理解が広がっていました。そして、ハンセン病患者を療養所に隔離して一生を終えさせることで、病気を無くそうとしました。 こうした理由から、患者らが…この記事は有料記事です。残り1886文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人田辺拓也映像報道部専門・関心分野ハンセン病、写真関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする






