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国立ハンセン病療養所で強制不妊手術を受けた大阪市の男性(102)が今年5月、旧優生保護法の補償金支給法に基づく補償を国に申請した。 男性が受けた断種の手術は、強制不妊手術による人権侵害を招いた旧優生保護法が施行される前年の1947年だった。 そのため、補償の対象外になる可能性がある。 同じ被害でも線引きによって補償されない被害者救済の問題が浮かび上がる。 男性はハンセン病回復者の北野貞晴さん。 戦前から続く国による強制隔離政策の下、44年、群馬県の国立ハンセン病療養所「栗生楽泉園」に収容された。 北野さんに開示された園の文書によると、断種手術日は北野さんが23歳だった47年6月26日。 基本的人権の尊重を掲げた日本国憲法が施行されて約1カ月後のことだ。 「不良な子孫の出生防止」を目的とする旧優生保護法(48~96年)により、遺伝性疾患がある人やハンセン病患者らに優生手術と呼ばれる断種や人工妊娠中絶(堕胎)が行われた。認められないかも それでも補償を申請した 違憲とされた旧優生保護法の被害者らに最大1500万円の補償金が支払われる補償金支給法が2025年1月に施行された。 故郷の大阪府に戻った北野さんは26年5月、府を通してこども家庭庁に補償を申請した。 全国各地にあった国立ハンセン病療養所では、断種を条件に患者同士の結婚を認める運用を行っていた。 北野さんは陳述書で、園から結婚を許可する条件として断種手術を求められた事情を明記した。 「子どもは欲しかった」という当時の心境を記した上で、「結婚する時、手術以外の選択肢はありませんでした」などと断種が強制された経緯を詳述している。 こども家庭庁母子保健課は「旧優生保護法の制定後に優生手術を受けた方が補償対象となる。それ以前の手術は対象にならない」という見解だ。 補償が認められない場合、北野さんの被害を現行制度で救済する手段は実質ない。 高齢の北野さんにとって国を相手に新たな訴訟などを行うことは困難だ。 北野さんは「補償金が目的じゃない。同じ被害なのに法律で切り捨てられている」と話す。 国立ハンセン病療養所では、旧優生保護法の施行以前から法的根拠のない断種が横行していた。 05年に国の第三者機関「ハンセン病問題検証会議」がまとめた最終報告書によると、少なくとも法施行以前の1915~39年、各地の国立療養所で実施された計1003例の断種手術が確認されている。101歳の社会復帰「自由っていいねえ」 ハンセン病施設から故郷へ判決はゴールではなく「入り口」 法の線引き、漏れた被害者救うには【さらに詳しく】強いられた断種 違法と合法の線引きで、救われないハンセン病回復者







