ストーリー「太助」が「助け」になった日 すし店と、握る手を復活させた出会い東野真和印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする

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連載「窓」 こんな風にまた、板場に立てるとは思ってもいなかったな。 川嶋啓造さん(77)は、隣で盛りつけを手伝う松本まゆみさん(61)を見ながら思った。すしねたを書いた木札がさがるカウンターや小上がりでは若い親子連れが、奥の座敷では古い客たちが、自分の料理に舌鼓を打っている。 盛岡市郊外の松園地区は、半世紀前に造成されたベッドタウンだ。川嶋さんは修業を終えて28歳のとき、ここですし店を開業。建売住宅を買って店舗を増築し、時代劇の人情ある魚屋「一心太助」にあやかって「太助」と名付けた。同時期にあちこちから移住してきた人たちが集い、繁盛した。 2017年9月、川嶋さんは脳梗塞(こうそく)で倒れ、手足が不自由になった。弟子が店を続けたが、コロナ禍もあり閉じた。その後、他の飲食店に1年ほど貸したが、それも続かず、2年ほど空き店舗になっていた。 店の再開に向けてリハビリを続けるが、思うように回復しない。「もうだめかな」。心が折れかけていたころ、松本さんが現れた。「寄り拠」に 子どももおとなも 太助の場所で、子ども食堂を…この記事は有料記事です。残り745文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません

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この記事を書いた人東野真和釜石支局長|震災復興・地方自治担当専門・関心分野震災復興、防災、地方自治、水産業関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする