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【連載】産みを支えて(上) 海に山に、自然に囲まれた福岡県岡垣町。しぶや助産院は、一軒家の並ぶ住宅街の一角にある。 院長助産師の渋谷貴子さん(61)は、この地で20年以上、赤ちゃんを取りあげてきた。めざす姿は、妊産婦とその家族を見守る「地域のおっかさん」だ。 中学生のころには、助産師を志していた。赤ちゃんが好きだったことに加え、女性を支えられる仕事として、あこがれを抱いた。 学生時代、アルバイトと勉強を兼ねて助産所に通った。そこには、生き生きと自分の力で産む女性たちがいた。「こんなお産があるのか」。衝撃を受けた。 いつか助産所を開業したい。大学病院で勤務していたとき、背中を押してくれたのは、「師匠」との偶然の出会いだった。伝説の助産師から学ぶ 1990年代後半、京都での研修会で、講師の安保(あぼ)ゆきのさん(故人)が語る助産技術に感銘を受けた。安保さんは90歳を過ぎても活躍した伝説の助産師で、当時80代後半。質問しようと会場に残っていたら、夕食に誘われ知己を得た。 以来、師とあおぎ、三重県にある安保さんの助産所で定期的に学んだ。自身は30代半ばの頃だった。当時未就学児だった長女と長男を近くの実家に預け、休み返上で三重へ向かった。 学んだのは手技だけではない。何より、妊産婦への接し方を心に刻んだ。 「そんなに苦しまんでよろし。しかめっ面で産んだら赤ちゃんにも悪いわ」。若いスタッフに代わって安保さんが分娩(ぶんべん)室に入り、優しくおどけた声をかけると、陣痛にうなっていた女性の表情がふっと緩んだ。次の瞬間、赤ちゃんが生まれていた。 「何の魔法?」 声かけで筋肉が緩んだからだろうか。手はおなかに添えていただけに見えた。「妊娠期からの信頼関係や、先生への安心感もあったんだと思います」 安保さんは生活指導などで、時に妊婦に厳しい言葉もかけた。助産師と妊産婦、そして赤ちゃん。時間をかけて関係を築き、その中で命が誕生する。その意義を改めて考えた。 2003年に開業した後も数年に一度、訪れた。電話で話すこともあった。 助産所では妊娠期から産後まで、ずっと妊産婦に伴走する。心身の状態や置かれた境遇は一人ひとり違い、的確に対応するのは簡単なことではない。 助産師として一番大切なことは。そう尋ねたとき、安保さんは言った。「妊産婦を愛せよ、やで」。悩んだときに思い出し、向き合ってきた言葉だ。 十数年前、夜中にかかってきた電話に対応したときも、そうだった。夜中の電話「妻子を一晩預かって」 「妻と子どもを一晩預かってもらえませんか」。相手は自身の助産所で数カ月前に出産した女性の夫。後ろで女性と赤ちゃんの泣き声が響いていた。妻子に何があったのか、助産師としてどこまで対応すべきなのか。戸惑う渋谷さんの頭に浮かんだのは、「師匠」の言葉でした。 聞けば、夫婦げんかから離婚…






