南極発「世界一短いラブレター」、短波から衛星へ、通信技術は飛躍的中山由美印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする
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日本の南極観測は、国際地球観測年(1957~58年)を前に、先進国が南極で学術調査を計画する中、朝日新聞が「日本も参加を」と発案し、後押ししたことを機に始まった。56年11月に1次隊53人を乗せた観測船「宗谷」が出発。未知なる挑戦に遺書を残して発った隊員もいた。 1次越冬隊(11人)で通信を担当したのは朝日新聞の故・作間敏夫さん。国の担当者に「命の保証はない」と言われたという。生後間もない息子を抱く妻に「私が帰らなかったら読んで」と手紙を託した。「息子を立派に育て上げてくれ」と書いていた。 翌57年1月29日に南極・オングル島に上陸し、昭和基地開設を宣言。4棟の建物を建て、食料や燃料を運び、残る越冬の条件は通信の確保だった。短波で千葉の銚子無線局へ何度も打電し、やっと「聞こえます」とモールス信号が返ってきた。短波無線が唯一の通信手段だった草創期、南極で越冬する夫に日本で待つ妻が送った「アナタ」という3文字の言葉は、「世界一短いラブレター」と後世に語り継がれた。1次南極観測隊員7人の証言、10年前に語った記録 やがて衛星通信の時代が来る…この記事は有料記事です。残り444文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません
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この記事を書いた人中山由美専任記者|南極・北極担当専門・関心分野南極・北極、地球環境、野生生物関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする






