現場から米強制送還のベネズエラ人、帰国日に地震で多数死亡、当局が現場封鎖ベネズエラ北部マクート=田村剛印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする

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写真を撮ろうとカメラを構えると、兵士に制止された。震度7超の大地震で大きな被害が出た南米ベネズエラ北部ラグアイラ州の町マクート。7月10日、かつて4階建てのホテルがあった場所は、完全な更地になっていた。 この国を大規模な地震が襲ったのは6月24日。ベネズエラ政府によると、地震による死者は7月中旬に4800人を超えた。行方不明者数の発表はなく、被害の全容はわかっていない。 ラグアイラ州一帯では、地震発生から時間が経っても、行方不明者の捜索やがれきの撤去がなかなか進まない。ところが、ホテルがあった場所は、がれきが崖の斜面の下に廃棄され、作業の早さが際立っていた。 撮影を制止された後、別の兵士がやってきて、すぐに立ち去るように指示された。4日前に同じ場所を訪れた際には、情報機関の職員が路上に常駐しており、敷地に立ち入ることすらできなかった。少女の左手見えた、ベネズエラ地震「二重の悲劇」現場から記者が報告「息子はいつ見つかるの」異臭漂う土ぼこりの現場 ベネズエラ地震 匿名を条件に取材に応じたベネズエラの当局関係者によると、ホテルには、地震の発生時、米国から強制送還されたばかりの131人のベネズエラ人が収容されていた。ホテルは国際空港の近くにあり、地震当日の6月24日に到着した人たちだったという。 身元の確認や身体検査を済ませ、翌朝、それぞれが家族や親類のもとに向かうことになっていた。だが、午後6時ごろ、マグニチュード7超の大地震が2度にわたって発生。ホテルが崩落して収容者が生き埋めになり、「約40人が死亡した」という。実際の死者はさらに多いとの見方もある。 ベネズエラ政府によると、この日に米国から到着した強制送還の便には、子ども7人を含む146人が乗っていたという。 ベネズエラ政府は現場への立ち入りを厳しく制限し、被害状況も公表していない。地震発生の直後、複数の海外メディアがこの出来事を報じたが、死者数などは伝えられていなかった。米国への配慮との見方も、背景に何が トランプ第2次政権は「史上…この記事は有料記事です。残り2224文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません

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この記事を書いた人田村剛ニューヨーク支局長専門・関心分野アメリカの社会や文化、民主主義、人権、移民問題関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする