「今なお透明人間」医ケア児の次男を失った写真家が表現し続ける理由小林一茂印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする
[PR]
生まれつき重い障害で医療的ケアを必要とした次男、瑞樹さんの介助を続けてきた写真家の山本美里さん(46)。特別支援学校で校内待機を続けるなか、「気配を消してください」と求められた経験を作品化した写真集は大きな反響を呼んだ。瑞樹さんは2025年、16歳で亡くなった。介助生活は終わったが、山本さんは自らを「今も透明人間」と呼ぶ。言葉に込めた思いを聞いた。 瑞樹さんは4人きょうだいの第3子。日常生活でたんの吸引が必要で言葉を話せず視力も弱かったが、にぎやかな音が聞こえるとニコニコとした表情を見せたという。「私が学校でガミガミ話していても、横で笑っていたんです」と山本さんは振り返る。家族写真を撮る時も、きょうだいたちは自然と瑞樹さんの周りに集まり、家族の中心にいる存在だった。「気配を消してください」 小学1年から通った特別支援学校では、万が一の呼吸困難に備え、週4日、1日6時間校内で待機した。学校側からは、自立を学ぶ場であるとして「気配を消してください」と言われたといい、ストレスから適応障害と診断された。知人の言葉がきっかけで写真を学び始め、校内での自らの状況や違和感を表現した写真集「透明人間 Invisible Mom」を発表した。 「周りのママ友に相談しても外に訴える人がいない。『あなたなら大丈夫』『頑張ってるね』とか、気にはかけてくれるけど、そんな言葉よりまずは助けてよ、と言いたかった」 作品が受け入れられるか、不安もあったが、SNSで発信し各地で写真展を開くと、同世代の親だけでなく、医療的ケア児の付き添いを経験した母親たちも会場を訪れた。「私たちの頃から全然変わってないじゃない」。そんな言葉とともに、一緒に憤ってくれたという。瑞樹さんがいない「今の方が救いがない」 瑞樹さんは2025年3月、肝硬変のため亡くなった。介助中心だった生活が終わると、往診医や訪問看護師、ヘルパーらとのつながりも途絶えた。「急に外の世界に放り出された感じ。みんないなくなって、誰も私のことを気にかけてくれない。自分って一体何なんだろうと思った。これって透明人間シーズン2だな、と。今の方が救いがない」 NICU(新生児集中治療室)入院時や在宅療養、さらに死別後も、親自身の心の支えとなる相談先や伴走者の必要性を感じてきた。「子どもが生まれてから亡くなった後まで、家族をトータルで支える仕組みがあってほしかった」と話す。 被写体だった瑞樹さんは、も…この記事は有料記事です。残り899文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません
この記事の続きを読むなら今がお得。初回1カ月無料+Visaギフトカードが当たる▶今すぐ登録






