フェルメールが生まれた街デルフト 各所に残る「光の魔術師」の軌跡弓長理佳印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする
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オランダの画家ヨハネス・フェルメール(1632~75)の代表作を始め、数々の名品が来日する「フェルメール《真珠の耳飾りの少女》展」が8月21日から大阪中之島美術館で開催される。美しい光や色の表現はどのようにして生まれたのか。フェルメールの故郷、オランダのデルフトを訪ねた。 「真珠の耳飾りの少女」を所蔵するハーグのマウリッツハイス美術館から車で20分ほどのところに、デルフトはある。フェルメールが生きた17世紀にはオランダ東インド会社の支部があり、貿易で栄えた。街には運河が張り巡らされている。フェルメールは、生涯のほとんどをこの地で過ごした。 中心部のマルクト広場から徒歩ですぐの場所に、フェルメールの生家がある。父親が「空飛ぶ狐(きつね)亭」という宿屋を営んでいたとされ、建物の外側にはオランダ語で「フェルメールが生まれた家」と書かれている。 同じ通りに、フェルメールの生涯や、どのように絵を制作していたかについて知ることができる「フェルメール・センター」がある。フェルメールが2回にわたって理事を務めた画家ギルド「聖ルカ組合」があった場所で、当時の建物を再現して造られた施設だ。 同センターのヘルマン・ベイヤース館長は「17世紀のデルフトはとても豊かな街だった。フェルメールも、デルフトでの暮らしや街で目にしたものに影響を受けるのは避けられなかった」とみる。「とくにデルフトの光は特別で、フェルメールが『光の魔術師』と呼ばれることに関係しているのでは」。記者が訪れた日は曇りだったが、高い建物が少ないデルフトには、晴れると太陽の光がたっぷり降り注ぐに違いない。 また、デルフトは青い絵付け…この記事は有料記事です。残り1276文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません
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