コラム・寄稿国旗損壊罪法制のごり押し かえって消えちゃう「共同体の一体感」よコラムニスト・近藤康太郎印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする
[PR]
記者コラム「多事奏論」 コラムニスト・近藤康太郎 わが愛する国土、長崎・旧田結村、山あいの棚田で米百姓をしていて、いちばん困るのは、けんかができないことだ。 稲にとってもっとも大事なのは、お天道様と水だ。山からのわき水を使うが、水の通りを隣家の工場長が止めてしまったら、アウトである。取水口の上に置くグレーチング(格子状のふた)について、別の、小うるさい隣家が文句を言う。病的に気が短い江戸っ子のわたしは声を荒らげそうになるが、けんかできない。狭い村で、ほかにもどんないやがらせをしてくるか、分からない。 昔、村の決めごとは、全員一致が伝統だったようである。多数決なんかとらない。恨みを残すだけ。「田」の「結」がほどけてしまう。死活的に重要なことほど、時間をかける。「どうでもいいこと」は、そのままにしておく。つまり、保守である。 国旗損壊罪をつくるという、驚くべき法が成立しそうだ。保守的な田舎の米百姓たるわたしは驚いている。それ、「どうでもいいこと」の、典型じゃないか。 この法律で保護しようとする…この記事は有料記事です。残り798文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません
この記事の続きを読むなら今がお得。初回1カ月無料+Visaギフトカードが当たる▶今すぐ登録
この記事を書いた人近藤康太郎NW報道本部編集委員兼コラムニスト|天草駐在専門・関心分野音楽、オルタナティブライフ関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする






