コラム・寄稿「時は来た」 改憲にはやる首相の「寝言」を止めるために私たちは編集委員・高橋純子印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
[PR]
記者コラム「多事奏論」 編集委員・高橋純子 時は来た――。高市早苗首相が、来春までに憲法改正発議のめどをつけたいと発言したおかげ……というのは皮肉だけれど、各地で憲法についてお話しする機会が増えた。一気にしゃべり、ぜえぜえしつつ会場からの質問を受けるのが好きなのだが、憲法がテーマの時はちょっと身構える。必ずと言っていいほど、「憲法9条は『非武装中立』、自衛隊は違憲ではないか」という質問が出るからだ。 私自身は自衛隊違憲論には立っておらず、話の内容もその筋に沿っているから、質問者の口ぶりにはいら立ちがにじみ、静かな怒気をはらんでいることもある。そしてなぜか、それを聞いている私の脳内では「河内おとこ節」が流れだす。さてもみなさまお粗末ながら、ここが私の舞台なら、一に人情、二に度胸、脇はキュッと締めて胸襟はグッと開いて、先様にスッと分断線を引かれてしまわぬよう、ハッとしてGoodな言葉を選んで応答してみせなければ。私は私なりのやり方で、この「広場」を守るのだ。 日本国憲法が想定する国家像は「広場」です――。憲法学者・長谷部恭男さんの言だ。何をするか、どう生きるかは個人の自由。国は最低限のルールを定め、あとは衝突が起きないよう見守るだけだと。他方、大日本帝国憲法下は「企業体国家」で、どう生きるべきか、何が正しい生き方なのかを国が決めていた。 長谷部さんは1999年に発…この記事は有料記事です。残り832文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする






