インタビュー聞き手・宮崎亮 聞き手・宮坂奈津印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする【動画】「日の丸振って兵隊さん見送った」96歳のいま思うこと=宮崎亮撮影
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日本の国旗を傷つける行為を罰する国旗損壊罪の法案が国会で審議されている。多くの国民が日の丸の旗を振り、兵隊を戦地へと見送った時代を生きた人はいま、何を感じているのか。広島市の切明(きりあけ)千枝子さん(96)に聞いた。国旗損壊罪「逮捕者一号は僕かな」 現代美術家・会田誠さんの思い ◇ 私はね、なんだか変な法律をお考えになったもんだなと思いましたね。 小学校2年生のとき、日中戦争が始まりました。忘れもしません。七夕様の日。体育の時間、運動場の片隅で裸足の足をザブザブ洗っていると、誰かが「戦争が始まった」って。 やがて先生に連れられ、兵隊さんを見送るようになる。兵隊さんは4列縦隊で広島港までザクザク歩く。市民が沿道にずらっと並び、手に手に日の丸の旗を持って万歳、万歳って。 男の子たちは「(中国兵を)やっつけてきてね」「皆殺し」って叫んでいた。 日の丸の旗はね、紙にコンパスで丸を描いたり、ひっくり返したお茶わんに沿って丸を描いたりして、クレパスで真っ赤に塗る。先生がくださった細い竹にのりをつけ、ぐるぐる回して紙をくっつける。一丁上がりですよ。新聞社がね、社名の入った紙の日の丸を配ってくれたこともありましたよ。 天長節(当時の天皇誕生日)や紀元節なんかには、どこの家も大きな竹ざおの先に風呂敷くらいの日の丸の旗をつけて、玄関の前に立てました。 南京陥落のときは盛大でしたね。昼間は小学生たちが日の丸の旗を持って、街を歩いて回る。夜は大人たちが日の丸ちょうちん行列。 戦争に浮かれとったとしか思えませんね。 私の父は宇品造船所で工場長…この記事は有料記事です。残り1909文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません
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この記事を書いた人宮崎亮ネットワーク報道本部(大阪)記者|平和・人権専門・関心分野子ども・若者・教育・人権・平和・核兵器宮坂奈津ネットワーク報道本部専門・関心分野民主主義、北欧関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする






