海獣を狩り、クマを祀った謎の「オホーツク文化」とは 北海道を歩く編集委員・宮代栄一印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする
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「オホーツク文化」をご存じだろうか。5世紀から9世紀にかけて、北海道東岸のオホーツク海沿岸、サハリン、南千島などに栄えた文化で、アザラシ、トド、鯨などの海獣を狩り、豚などの家畜を飼育し、クマを祀(まつ)ったことで知られる。一体、どんな人たちだったのだろう。靺鞨文化と深いつながり? 最初に向かったのは札幌市にある北海道博物館だ。ここの通史展示「北海道120万年物語」の第2章「北海道独自の文化へ」の一角は「オホーツク文化」で占められている。 目をひいたのは、北海道ではあまり出土しない、軟玉、帯金具(帯飾り)、鈴、小鐸(しょうたく)(いずれも複製)などの展示品だ。 これらの遺物の多くは、アムール川(黒竜江)流域で4~9世紀に栄えたツングース系の靺鞨(まっかつ)文化に起源を持つと考えられており、「オホーツク文化人(オホーツク人)」たちは彼らと深いつながりがあったことがわかるという。 翌日、新千歳空港から飛行機に乗り、北海道東部の網走市に向かった。オホーツク文化は「網走監獄」で知られるこの町で、1913(大正2)年、考古学愛好家の米村喜男衛(きおえ)さんによって発見された。アイヌのものと全く異なる土器を見つけた米村さんは網走で理容店を営みながら、生涯をかけて、土器を見つけたモヨロ(最寄)貝塚の発掘・研究・保存に尽力する。その後、独自の文化であることが学界でも認識されるようになった。身長160センチほどで手足が短い その記念すべき地にたつのが…この記事は有料記事です。残り2154文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません
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この記事を書いた人宮代栄一編集委員|歴史・考古学担当専門・関心分野歴史、考古学、文化財関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする






