インタビュー首相通訳の現場力、基本は「中学文法」 「自分に合った学習法を」聞き手・比嘉展玖印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする

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外務省で首相の通訳を担当していた黒川公晴さん(43)は、中学時代の米国への交換留学をきっかけに英語学習にのめり込みました。緊張感のある外交の現場で鍛えられ、コミュニケーション力を身につけた黒川さんは、基本は「中学文法」だと力説します。ゼレンスキー氏と岸田氏の間で ウクライナ語通訳担当官の心がけ語学で変わった人生語る 「英単語帳250周」「赤ちゃんのように」 ――英語に関心を持ったきっかけは何でしたか。 一番最初は親のレコードでした。ビートルズやサイモン&ガーファンクルなどの音楽に触れて、英語の響きがかっこいい、というところから関心を持ち始めました。 中学2年の時には、市の交換留学で米国ミネソタ州で1週間、ホームステイを経験しました。言葉は通じないものの、異文化に触れ、関心が高まっていきました。 ――帰国後はどのように勉強したのですか。 英会話塾に通っていたわけではなく、学校の勉強が中心でした。親の話によると、帰国後に外交官になると言い始めていたらしいです。当時、仕事の中身も知りませんでした。とにかく「英語を使って異なる国の人たちと働く」という漠然としたイメージで「なりたい」と言っていたのだと思います。高校入学後に10カ月、米国カリフォルニア州の田舎町に留学しました。帰国後は受験勉強をし、東京外国語大の英語学科に進学しました。 ――英語学習の面で影響を受けた人はいますか。 人生の節目で「あんな風に話せるようになりたい」という人が必ず現れました。年齢は関係なく、例えば中学のスピーチコンテストで出会った同年代の少年は、とてもきれいな発音で流暢(りゅうちょう)に話をしていました。留学先にいた日本人の高校生のお姉さんも雲の上の存在。外交官になってからは大使や職場の先輩の姿に「ここまで突き詰めなきゃいけないんだ」と思い、学習を続けました。通訳は準備が8割 ――外務省ではどのような仕事を担当したのでしょうか。 最初は北米局の日米地位協定室で、米軍駐留の安定的な運用をサポートしました。海外では米首都ワシントンの日本大使館の経済班で貿易通商政策を担当。その後イスラエル・パレスチナに駐在し、日本の文化や芸術を紹介し、親日感情の醸成に取り組みました。帰国後、条約課で条約交渉の監督担当として、条文の整合性や国内法への影響を法務的に見る業務なども担当しました。 ――通訳はその合間に担当し…この記事は有料記事です。残り1956文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません

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