現場から少女の左手見えた、ベネズエラ地震「二重の悲劇」現場から記者が報告ベネズエラ北部カラバジェダ=田村剛印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする
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崩れ落ちて折り重なった分厚いコンクリートの隙間から、変色した細い左手が突き出ていた。手首には銀色のブレスレット。一部だけが見える頭部からは、編み込まれた黒い髪の毛が伸びていた。 「女の子だと思う。誰だかわからないけれど、ずっとここに埋まったままです」。遺体を見つけたルイス・モランさん(62)が、憔悴(しょうすい)しきった様子で言った。「引き出してあげたくても、どうにもならない。人間の力では重いコンクリートを動かせないんです」 南米ベネズエラが大規模な地震に襲われたのは6月24日午後6時ごろ。北西部を震源とするマグニチュード7.2と7.5の地震が連続して起こり、北部ラグアイラ州では多くの高層住宅が倒壊した。被害が最も激しかった地域に、朝日新聞の記者が入った。 7月4日、カリブ海沿岸の町カラバジェダ。いたるところで大きな建物が倒れ、発生から10日を迎えてもなお、下敷きになった家族を捜し出そうと、たくさんの住民がスコップやハンマーを使ってがれきを掘り続けていた。 少女とみられる遺体がある場所には、もともと12階建ての高層住宅があった。2棟の建物が上から踏みつぶされたように崩れ落ち、各階のコンクリートが何層にも重なっている。全ての階が垂直に崩れ落ちる「パンケーキクラッシュ」が起きたとみられる。高さ数十メートルの建物は8メートルほどのコンクリートの山に変わり果てていた。 地震があった日は祝日で、多くの人々が家族と共にくつろいでいる時間帯だった。住民の日常生活があっという間に押しつぶされ、瞬時に多くの命が失われたことを、コンクリートの塊と少女の左手が物語っていた。 モランさんは、この建物で暮らしていた兄弟や親類5人ほどを捜しているが、まだ1人も見つけられていない。クレーンやブルドーザーなどの重機がなく、がれきを撤去できないためだ。「救助隊は生存者がいないとわかると引き揚げてしまう。政府の救援も届かない」と嘆いた。 この高層住宅は1棟に100世帯近くが暮らしており、2棟で計数百人の住民がいたという。「私たちはいま二重の悲劇に苦しんでいる。大切な人たちを地震で失い、目の前に埋まっている遺体を掘り出すことすらできない。このつらさがわかりますか」。モランさんはそう言って泣いた。 「お願いです。見捨てないでください。どうか家族を掘り起こしてください」。あちこちの倒壊現場で、そう訴える言葉を何度も耳にした。【動画】ベネズエラの地震で最も大きな被害が出たラグアイラ州=田村剛撮影「いつか崩れるだろうと」チャベス政権時代の公営住宅 政治や経済の混乱が続き、1月には米国の武力攻撃を受けたベネズエラが、マグニチュード7超の大地震に見舞われた。発生から10日を過ぎてもなお、がれきの下敷きになったままの人が多くいるとみられ、被害の全容は明らかにならないままだ。大規模な被害の背景として、四半世紀にわたって続いた社会主義政権下での影響を指摘する声も出ている。 カリブ海に面した町カラバジェダ。今回の地震で特に被害が大きかったこの町で、犠牲者数が格段に多いとみられている場所がある。少女とみられる遺体があったのとは別の高層住宅で、12階建ての9棟が完全に倒壊した現場だ。壮絶な光景にしばらくその場に立ち尽くした。 7月4日、かつて9棟の住宅…この記事は有料記事です。残り1842文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません










