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目白大学助教 南方隆太さん 日本高校野球連盟の統計によると、高校の硬式野球部員数は17万312人だった2014年度をピークに、26年度には12万4116人と12年連続で減少している。それを食い止める有効な手立ては。全国の現場をたずねて、野球人口減少などを研究している目白大学の南方(みなみがた)隆太助教(30)に話を聞いた。 ――高校の硬式野球部員数は、1990年代にも減り続ける時期がありました。 1990年代は、高校の生徒数の減少率が、高校の硬式野球部員数の減少率を上回っていました。少子化という社会課題がシンプルな要因だったと考えられます。 ただ、2014年度以降は様子が違います。硬式野球部員数の減少率の方が、高校の生徒数の減少率を上回っています。子どもたちから、野球というスポーツが選ばれなくなってきているのです。 ――どのような原因が考えられるのでしょうか。 高校の硬式野球部員が減少するのに数年間先んじて、小学生の軟式野球人口は11年度から減少しています。 全国で300を超える少年野球チームを訪問してきましたが、「多様性」が重んじられているいまの社会情勢に野球界が合っていないことに問題意識を持っています。 ある地域では、生まれ育った場所によって入ることができるスポーツ少年団が決められています。さらにチームを移籍する時は、両チームの監督と団長から印鑑をもらわなければいけない、といった古いルールも残っていました。 野球というスポーツの文化が日本に根付いてきた歴史は長い。そして、従来のルールでも子どもから選ばれ、発展を続けてきました。それだけに、社会の変化に合わせる柔軟性が乏しいことが野球界の全体的な課題だと思います。 ――野球人口の減り方を都道府県別に分析されているそうですね。 14年度以降を分析すると、都市化が進んでいるかどうかで差があることが分かります。都市部では、高校生徒数の減少を上回るペースで硬式野球人口が減っています。地方では硬式野球人口自体は減少しているものの、高校の生徒数との比率ではそれほど減っていない地域や、むしろ増えている地域もあります。 野球の振興活動をするにしても、画一的に行うだけでなく、各都道府県の実情に合わせた方策をとっていく必要があると考えます。 ――具体的には。 都市部はスペースが限られているため、子どもたちが野球をする機会自体が限られています。まず、子どもたちに野球型のスポーツに触れてもらうこと。野球より狭いスペースでもできる体験会を実施するなど、野球を選択肢の一つに入れてもらうことが大事ではないでしょうか。 地方では、人口が減っているために指導者が不足している課題が出てきています。全国の少年野球チームを回る中で感じたのは、地方に行けば行くほど、「指導者=ボランティア」という意識が根強いことです。やりがい搾取のような状態が続けば指導者不足の解消は難しくなります。 例えば、謝礼を出してでもスポーツを学んでいる学生に指導に来てもらう、少人数のコーチでもできるように練習の仕方を工夫するなど、野球チームを減らさないことが重要になります。 ――子どもに中学、高校でも野球を続けてもらうための課題もあるでしょうか。 日本の少年野球では、軟式と硬式のどちらのボールを使うか、硬式球を使うにしてもシニア、ボーイズ、ポニーなどというように、統括する団体が細かく分かれています。 この体制は、各団体がそこに属する選手に深く焦点を当てて、専門的に育成、管理ができるメリットがあります。一方、世代間を通じた選手育成や競技振興を考えると、「縦割り」で連携がとりにくいのはデメリットです。 野球人口の減少は特定のカテゴリーではなく、野球界全体の問題。お互いにどのような課題を抱えているのか、円滑に情報共有できる組織体系づくりを進めていくことが大事です。 ――野球界が持続的に発展していくためにはどのような対策が必要でしょうか。 例えば野球体験を例にとると、プロ選手を呼ぶケースもありますが、それが一過性の盛り上がりに終わってしまえば、子どもに野球を続けてもらうことにはつながりにくい。 誰を対象に、どのような目的で活動を実施するのかを綿密に計画し、野球体験後に野球教室をセットにするといったパッケージ化された活動が求められると思います。 ――その中で高校野球にはどんな役割があるでしょう。 注目度が高いからこそ、高校野球の施策は、野球界の発展に大きな影響を与えてくれると思います。 高校野球は都道府県ごとに加盟組織が存在し、地方大会が地域の一大イベントにもなるので地域に根ざした活動に向いています。それに子どもにとって高校生は、「最も身近なヒーロー」になれる存在ですからね。「お母さんも打って」「大人がおおらかに」 王貞治さん野球界へ提言みなみがた・りゅうた 1995年生まれ、群馬県出身。前橋南高や社会人のクラブチームで野球をプレー。専大を卒業し、筑波大大学院時代から、野球人口の地域差や競技の普及振興活動について研究を続けている。