ストーリー神村正史印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

[PR]

熱戦が繰り広げられている第108回全国高校野球選手権宮崎大会に、心臓病と生きてきた選手が出場している。兄の背を追いながら隠れて始めた野球。6日のひなたサンマリンスタジアム宮崎での第1試合で三塁コーチャーとして仲間と初戦に臨む。 門川の後藤光志郎さん(3年)は両大血管右室起始症という先天性の難病を抱えて生まれた。 肺動脈と大動脈が両方とも右心室から出ている極めて複雑な心疾患。乳幼児期の外科治療が不可欠とされる。 0歳で心臓の負担を減らす手術。1歳半で、一つの心室を全身へ血液を流す大動脈のポンプに使い、肺へは心臓を通さずに血液を流す手術を受けたが、術後、脳に十分な血液が届かない時間が続いて3週間ほど意識が戻らなかった。医師からは「助かるかどうか分からない」と告げられた。 「医学的に奇跡に近い回復」で生き延びたが、心臓に負荷はかけられない。運動は制限され、中学校の運動会では100メートル走を残り30メートルほどから走った。 父直樹さん(51)がプロ野球ファンで、野球はいつもそばにあった。二つ上の兄、蓮太郎さんは2024年夏に強豪・聖心ウルスラ(宮崎県)でベンチ入りした投手。幼少から兄の練習や試合を見ていた。 兄のように野球をやりたかった。小学生の時、親に隠れて家の壁にボールを当てて投球やゴロ捕りの練習を始めた。兄のバットで素振りもした。 中学でも毎日のように繰り返した。そんな姿を直樹さんは気づいていたが、やめさせられなかった。 高校に入学後「野球部のマネジャーになりたい」と申し込んだ。当時の寺田勢哉監督(現宮崎北監督)は「1カ月見させてください」と慎重な姿勢を家族に見せたが、「マネジャー兼選手」での入部が認められた。 「選手になれた」。そう聞いた直樹さんは急いでスポーツ用品店へ連れて行った。「形だけでも高校球児の格好をさせてあげられる」と喜んだ。 初めてのスパイクシューズにオーダーでグラブもつくった。「好きな文字を入れられるよ」と勧められ、「支える」をグラブに刻んだ。母「神様がくれたご褒美」 野球部ではタオルを洗濯した…この記事は有料記事です。残り430文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません

この記事の続きを読むなら今がお得。初回1カ月無料+Visaギフトカードが当たる▶今すぐ登録

この記事を書いた人神村正史宮崎総局長|宮崎県、九州地方専門・関心分野知床、マラソン、山岳、海洋、ドローン撮影関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする