ストーリー岡田昇印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
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難病だと言われた。最初はピンとこなかった。でも「野球ができなくなる可能性がある」と言われた時は、ショックだった。 群馬県立渋川工業高校の野球部員・清水岳多(がくと)選手(17)は小学3年生の時、体に異変を感じた。 次兄とキャッチボールをしていたら、急に息切れがした。微熱も続いた。病院に行くと「再生不良性貧血」と診断された。 入院して寛解し、小4のころには再び野球に打ち込んでいた。 だが、中学生になってからのある時。定期検診で数値に異常が認められた。「また野球ができなくなるのか」。落ち込んで、しばらく立ち直れなかった。 治すためには骨髄移植をしなければならないという。痛みや体のだるさ、吐き気。想像するだけで怖かった。 決断できたのは、再びグラウンドに戻れるという希望があったからだ。小1で野球を始めて以来、高校野球の舞台に立つことが夢だった。 手術は思った以上につらかった。術後はのどの痛みを抑えるために、口の中に氷を1時間も入れ続けた。薬の副作用で、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)になった。 いざ高校に入学し、野球部に入ろうとした。 だが、病院では「70代の骨だ」と言われた。球を投げたり、打ったりするときの衝撃で、疲労骨折する危険性がある。 医師は「自分の患者で、骨髄移植をした後に硬式野球をした例はない」と言った。 けれども、清水選手の決意は揺らがなかった。 「前例がないなら、つくれば…この記事は有料記事です。残り843文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません
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