ストーリー映画見ず逝ったトラック野郎のモデル 「一番星号」が事故現場に花東野真和印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする【動画】「トラック野郎」一番星号ドライバーが事故現場に花を手向けた=東野真和撮影

[PR]

1970年代後半、一世を風靡(ふうび)した映画シリーズ「トラック野郎」。主人公が乗っていた11トンのデコトラ「一番星号」は、今も全国の道を走り続けている。6月下旬の午後、一番星号は岩手県釜石市の山中の小さなトンネルの前で停車した。映画の完成を見ずに世を去った、映画のモデルとなった人と車を弔うために。 1975年6月、トラック運転手を主人公にした映画をつくろうと決めた鈴木則文監督(故人)は、題材を求め、澤井信一郎助監督(同)と2人で埼玉県の集配センターを訪れた。そこで青森・下北半島出身の28歳の青年、張磨良治さんに出会った。 角刈り頭にねじりはちまき、白いだぼシャツにステテコ、せった姿。色黒の顔に丸い目。分厚い唇が笑うと愛嬌(あいきょう)があった。事情を話すと「俺たちの映画ができるのか、結構、結構、うれしいことだっちゃ」と喜び、11トンの保冷車に青森まで同乗させてくれた。 鈴木監督はこの経験から、映画のイメージをふくらませた。10日ほど後、東京の旅館で脚本を書いていると、電話がかかってきた。鈴木監督は耳を疑った。張磨さんが事故死したという知らせだった。 当時の岩手東海新聞によると…この記事は有料記事です。残り1408文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません

この記事の続きを読むなら今がお得。初回1カ月無料+Visaギフトカードが当たる▶今すぐ登録

この記事を書いた人東野真和釜石支局長|震災復興・地方自治担当専門・関心分野震災復興、防災、地方自治、水産業関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする