深掘り未解決事件、遺族を追い込む視線 笑顔でいると「涙出ないんですか」田中久稔印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

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北九州市若松区の住宅で25年前、主婦が殺害された。歳月は流れても、残された家族が事件を忘れる日はない。かけがえのない存在を奪われただけでなく、世間の視線にも苦しんだ。まだ見ぬ犯人に罪を償わせる、その時を待ちわびる。作れなかった茶わん蒸し 三度の食事どき、北九州市八幡西区の永野弘子さん(82)はテーブルに料理を並べる。 「お食べなさい」 そこにいない娘に、最初に声をかける。 得意料理の茶わん蒸し。今も時々作る。そのたび、悔いが胸を刺す。 2001年6月下旬。実家にやってきた、娘で主婦の関岡晴美さんが言った。「お母さんの茶わん蒸しが食べたいな」 たまたま材料がなかった。永野さんは「申し訳ないけど、今日は作れないの」と返した。 数日後の6月29日。若松区の自宅で刺され、亡くなっている晴美さんが発見された。 34歳。晴美さんの夫と幼い2人の子は外出中だった。 幼稚園の送迎バスで帰った4歳の長男が第一発見者になった。「ママ倒れてた」 祖母が消したい孫の記憶、語ったのは母との思い出 その日のうちに隣町のスーパーで、何者かが晴美さんのカードで現金を引き出した。 「各種の捜査結果から、被害者には何の落ち度もないことは明らか」。福岡県警若松署刑事課の担当係長は、取材に対し明言する。「遺族は遺族らしく」なのか だが事件後、家族には好奇の目が向けられた。永野さんは忘れない。 自宅そばを通った車がスピー…この記事は有料記事です。残り1443文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません

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この記事を書いた人田中久稔西部報道センター|警察・遠賀・京築・水俣病担当専門・関心分野水俣病、公害、自然災害、貧困、差別、軍事関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする