筒井次郎印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

[PR]

京都の名刹(めいさつ)・東福寺が所蔵する南北朝時代の仏画「五百羅漢図」が、国宝に指定される見通しとなった。そんな記事を先日書いたのだが、気になることが……。元は50幅あったのに、指定の対象は寺に伝わる47幅。残りの3幅はどこに? 何やら歴史的な秘話のにおいがしてきた。 五百羅漢とは、釈迦の入滅(死去)後もこの世で仏法を守った500人の聖者(羅漢)のこと。本作は10人ずつ50幅に描かれた。極彩色と丁寧な描写が印象的で、「尋常ではない労力と費用がかかっている」(文化庁の綿田稔・主任文化財調査官)という。この題材では現存する国内最古例でもある。 完成したのは1386年。淡路島出身の東福寺の画僧・明兆(1352~1431)が30代の頃に描いた。 聞き慣れないかもしれないが、日本絵画史上、重要な絵師だ。江戸時代にはあまりに著名で、仏画は軒並み「明兆作」と鑑定されるほどだったそうだ。国宝・重要文化財の指定件数は、伝承作を含めて雪舟(26件)、長谷川等伯(22件)に続く3位(20件)。本作は、明兆作品として初めての国宝となる。幕末に謝礼で贈与、うち2幅は東京へ 東福寺は、鎌倉時代に創建された臨済宗の大寺院。しかし、1319年の大火で当初の伽藍(がらん)の大部分を失った。復興を進める中で、山門(現在の三門)に納めようと制作されたのが五百羅漢図だった。 しかし、戦国期の1530年、争乱で他の寺宝とともに寺の外に持ち去られてしまった。後に48幅は返還されたが、2幅は行方知れず。江戸初期に後陽成上皇の命で当代一流の絵師・狩野孝信(永徳の子)が2幅を補写し、1620年に寄進された。この2幅も国宝になる。 これでいったんは全50幅そろったものの、再び幕末期に流出する。五百羅漢図の修復に資金提供した鳥取藩の郷士に数幅(数は不明)が贈られたと、近代の記録に残る。このうち2幅は現在、東京の根津美術館が所蔵し、別の重要文化財に指定されている。 東福寺と根津美術館を合わせると49幅。残りは1幅となった。最後の1幅、東博の調査で所在判明 長い間行方が分からず、「幻…この記事は有料記事です。残り1152文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません

この記事の続きを読むなら今がお得。初回1カ月無料+Visaギフトカードが当たる▶今すぐ登録

この記事を書いた人筒井次郎文化部|大阪駐在・歴史担当専門・関心分野世界遺産、京都・奈良、寺社・遺跡・文化財関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする