現場から「仕事にするな」母に言われたけど 私は「詩業家」として生きていく山本悠理印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
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あれから、もう四半世紀が経つ。 若い彼の目、「はっきりした何か」を見つけたいと訴える黒い瞳の光を、いまだに覚えている。 上田假奈代(かなよ)さん(56)が詩をつくり始めたのは3歳の時。詩人の母親の元で育ち、奈良の吉野の自然に囲まれながら、たくさんの言葉と出会った。 社会に出ても、働くかたわらで詩作を続けたが、詩で身を立てようという気は起きなかった。食うや食わずの詩人をあまた見てきた母親からは「詩を仕事にするな」と言われていたし、自分でも「そんなん、谷川俊太郎さんしか無理や」と思っていた。 30歳を過ぎたばかりのある日、詩の朗読イベントを開いた時のことだった。 終演後の会場で、大学生の男性が話しかけてきた。それまでも何度か、見たことのある顔だ。「僕、詩を仕事にして生きていきたいんです」。そう、彼は言った。 上田さんは何も返せなかった。自分自身、母親の言いつけを守って疑わなかったから。「なんであのとき……」後悔をかみしめ 数カ月後、人づてに彼が自ら…この記事は有料記事です。残り1656文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人山本悠理文化部|be編集部専門・関心分野現代詩、現代思想、演劇・演芸、法律学関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする






