インタビュー俳優と歌手の両立続けた浅田美代子さん 忙しすぎて結婚、そして…聞き手・太田匡彦印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

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語る 人生の贈りもの 俳優・浅田美代子さん(2) 《デビュー当時の現場には家族的な雰囲気があった。新人を育てようという思いがあった》 とりわけ面倒を見てくれたのが演出の久世(光彦〈てるひこ〉)さんと(樹木)希林さんでした。2人とも、形で芝居をするな――というのが一貫してた。 例えば台本のト書きに「ミヨコ、泣く」と書かれている。ど素人の私はとにかく涙を流そうとするよね。 でも久世さんは、「これ(ト書き)は気にしなくていい。泣こうとする芝居をするのは間違いだ。そういう気持ちになれば、涙が出ていなくても伝わる」と教えてくれた。 希林さんも「技術より、気持ちでやるんだよ」と繰り返し言ってくれた。 だから私はあるがままの自分で芝居に向き合えて、それがいまにつながってる。もっと言えば2人に教えてもらったから、私はいまだにこの仕事を続けられているんだと思う。 でも最近の現場は本当に時間がない。だから悲しい気持ちを表現するのに「もうちょっと目線下げて」「それから遠くを見る感じ」みたいな演出をして、悲しい顔をつくっちゃう。予算も時間も削られるなかで効率主義にならざるを得ないのはわかるんだけど、少し寂しいかな。 俳優の浅田美代子さんが半生を振り返る「語る 人生の贈りもの」。全5回連載の2回目です(2026年5月から6月にかけて本紙文化面で連載した記事に加筆、再構成して配信します)。忙しすぎた20代の思い出や、吉田拓郎さんとの結婚、そして離婚について語ってくれました。第3回は10日に配信します。【初回はこちら】デビューは17歳の誕生日前日 浅田美代子さんが芸能界入りしたわけ「いまの良かったぞ」 《「時間ですよ」に続き、1974年1月放送開始のテレビドラマ「寺内貫太郎一家」に出演する》 プロデューサーが久世さんだったし、希林さんもいた。撮影スタジオも同じで、役名もなぜか同じ相馬ミヨコ。「時間ですよ」の日々が続いてるみたいな感じだった。 ただ、寺貫(てらかん)では…この記事は有料記事です。残り2826文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人太田匡彦ネットワーク報道本部専門・関心分野動物、ペット、アニマルウェルフェア(動物福祉)関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする