インタビュー浅倉拓也印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
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6月20日は世界難民の日。祖国を逃れて日本に来る人も増え、難民は遠い世界の話でなくなっている。ミャンマーで迫害されるイスラム教徒ロヒンギャを取り上げた映画「LOST LAND/ロストランド」が、ベネチア国際映画祭で高く評価された藤元明緒監督(38)に、ミャンマーや難民について聞いた。高田馬場で出会ったミャンマー人 ――「ロストランド」は、日本で難民と認められず離ればなれになったミャンマー人家族の物語「僕の帰る場所」、日本で働くベトナム人女性を描いた「海辺の彼女たち」に続く、3作目の長編映画です。難民問題に関心があったのですか? 東南アジアも海外も、まったく関わりがなかったんです。2013年に、ミャンマーを題材にした映画の募集があり、応募したのがきっかけでした。「とりあえずミャンマー行ってみますか」って。この企画はだめになったのですが、せっかくミャンマーで少し暮らし、ミャンマー語もちょっと練習したので、日本にいるミャンマー人と話してみようと。 僕も東京に来たばかりで友達が少なかったので、ミャンマーレストランがたくさんある東京の高田馬場で、食べ歩きました。そこでミャンマー人たちが仲良くしてくれて、少しずつ難民についても興味を持つようになりました。彼らを支援している日本人と、入管施設に収容されている人の面会にも行きました。「僕の帰る場所」も、そういう中で出会って仲良くなった家族の話です。 ――今回は「ロストランド」で、ミャンマー国民とさえ認められていないロヒンギャを取り上げました。 ミャンマーでロヒンギャはタブーのようになっています。私はミャンマーで仕事をしてきたので、自分の立場を守るために、扱うことを避けてきたのです。 21年の国軍によるクーデター以降、弾圧される市民への支援は広がりましたが、それまでロヒンギャが弾圧されていたことには、なぜ黙っていたのか。もう現実から目を背けたままではいられないと、覚悟をしました。 ――クーデター以降、日本にも多くが逃れて来ています。 都市部の若者の多くは、日本に限らず、海外へ行く手段を探しています。いまのミャンマーは、物理的にも精神的にも生きるのが難しい。いつ何が起きるか分からず、明日は自分の番かもしれないという怖さがある。「僕の帰る場所」で、母親がミャンマーへ帰りたいというのに、父親が「(ミャンマーは)信用できない」という場面があります。あれは父親を演じた方のアドリブでした。当時は民主化の兆しがあり、「もう帰っても大丈夫」という雰囲気もあったのですが、その後のクーデターで、僕はあの言葉の意味が分かりました。日本人が思っている以上に深刻 ――日本の難民の受け入れのあり方について、思うことは? 難民認定の審査が本当にきちんとされているのか、疑念はあります。難民と認められた人と認められなかった人の何が違ったのか分からないことはあります。 ミャンマーの人たちは、家族の結びつきがすごく強い。日本の制度では、外国人が家族みんなで暮らすことは難しいのですが、東南アジアの人々にとって家族が一緒に暮らせないのは、日本人が思っている以上に深刻な課題だと思います。 ――難民申請者に対し「ただ…この記事は有料記事です。残り1092文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人浅倉拓也大阪社会部専門・関心分野移民、難民、外国人労働者関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする






