コラム・寄稿「急に具合が悪くなる」評論家が見た、休めぬ国のアリスが問うものは2026年6月13日 13時00分北小路隆志・映画評論家印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

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カンヌ国際映画祭で、主演のビルジニー・エフィラさんと岡本多緒さんが女優賞を受賞した映画「急に具合が悪くなる」が、各地で19日に公開される。映画評論家の北小路隆志さんは冒頭の描写に「不思議の国のアリス」を想起したという。 ◇ バカンス映画が始まるのか、と思った。がんの転移を経験しながら生きる哲学者と人類学者の往復書簡から成る同名書籍が「原作」であるとの前情報を把握していてもなお、そう思えた。あるいは、退屈を持て余して川辺に座る姉妹から物語が始まる「不思議の国のアリス」も頭をよぎる。 のどかな昼下がり、2人の女性が屋外でゆったり時間をすごす(ように見える)。車椅子を使う白髪の女性は煙草(たばこ)を吸い、もう一方の女性はうたた寝状態にある。やがてスマホのアラーム音が鳴り、15分ほどの束(つか)の間のブレークが終わる。不良仲間のようにすかさず煙草を差し出す年配の女性を残し、マリー=ルーは不測の事態もあってその場を急ぎ立ち去る。そこはパリ郊外にある介護施設でマリー=ルーはディレクター、傍らの女性は施設の入居者である。 わたしの想定は見事に覆される。バカンスどころか、ヒロインのマリー=ルーは休むことのできない人なのだ。先鋭的な介護技術を導入しようと脇目も振らず働き、睡眠導入剤の助けも借りる。だから本作はバカンスを描くのではなく、それがいかにして可能になるかを問う映画になる。 アリスを冒険に誘うウサギの役割を日本人の少年に託すことが、その唐突な登場のさせ方ともども驚きを誘う。彼を通してマリー=ルーは進行がんを患う演出家・森崎真理と出会い、彼女との長くて刺激的な会話が映画のクライマックスを形成する。 全編がマリー=ルーの夢かもしれない、とも思えた。映画は確かに夢に似ている。だけど映画=夢はつらい現実から逃避を図るファンタジーではない。観客それぞれが2人の女性による戦闘的な議論に巻きこまれるだろうが、わたしなりにパラフレーズすると、資本主義の「構造」は、考える時間、無駄かもしれないおしゃべりの時間をわたしたちやマリー=ルーから奪う。その消耗戦から脱するため、うたた寝や知性の回復が必要なのだ。まずはこの映画の3時間16分を共に生きることから始めよう。何らかの手がかりをあなたは得るはずだ。◇東京、大阪など各地で19日公開有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする