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カンヌ国際映画祭で5月に初上映され、主演2人が女優賞に輝いた「急に具合が悪くなる」。原作は、病を抱えて生き抜いた哲学者の宮野真生子さんと、医療現場のフィールドワークを重ねる人類学者の磯野真穂さんによる往復書簡をまとめた同名の本です。宮野さんが2019年にがんで亡くなる直前まで続いた2人のやりとりに、国際的に注目される監督の濱口竜介さんが心を動かされたことが映画化のきっかけでした。 原作について「他の本では体験したことがないような人間同士の出会い、名付けようのない関係性がそこにあった」と語り、何度も立ち返ったという濱口さん。映画について「宮野さんと私が作り出した言葉の下にある『土壌』を捉えようとしてくれた」と語る磯野さん。原作と映画では舞台も設定も異なるけれど、宮野さんと磯野さんがつづった言葉に宿る「身体性」を、濱口さん、俳優、そして観客へと受け渡していったといいます。「言葉を引き継ぐ」とはどういうことなのか。6月19日からの日本公開を前に、磯野さんと濱口さんが語り合いました。言論サイトRe:Ronはこちら原作『急に具合が悪くなる』とは「急に具合が悪くなる可能性がある」と医師から告げられた宮野さんが、自身のがんに向き合うとともに病を抱えて生きることの不確実性やリスクについて深めたい、と磯野さんに往復書簡を提案。亡くなる直前まで2人が交わした全10便(20通)をまとめた一冊として、2019年9月に刊行された。映画「急に具合が悪くなる」とは映画の舞台はフランス。パリ郊外にある介護施設の施設長であるマリー=ルー(ビルジニー・エフィラ)は、認知症患者の自由や尊厳を守って人間らしくケアすることを理想とするが、効率化やリスク、人手不足などに悩まされている。そんななか、がん闘病中で余命半年という舞台演出家の真理(岡本多緒)と出会い、その舞台に感銘を受ける。日本の大学院で文化人類学を学んだマリー=ルーと、フランスの大学で哲学を学び演出家の道を志した真理。同じ名前の響きを持つ偶然に導かれ、2人は対話を深めていく。■原作との出会い 映画ができるまで 【濱口竜介】 『急に具合が悪くなる』はプロデューサーの松田広子さんから2020年の末に原作として提案されて初めて読んで、言葉にならないような感動を覚えました。 一つ一つの文章がとても大事なもので、学者同士の知的なやり取りの中に常にユーモアが交ざり、やがてそのままとてもエモーショナルな関係性に発展していく。それを2人は「魂の分け合い」とまで呼ぶわけです。学者としては勇気の要る言葉遣いでもあったと思うのですが、読者はその言葉こそがまさに腑(ふ)に落ちるものと感じます。 ここには、偶然の出会いを引き受けて、それを自分の運命にしていく2人の人間がいる。今まで他の本では体験したことがないような人間同士の出会い、名付けようのない関係性がそこにあった。自分もずっとそういうものを追いかけてきた気持ちもあり、この本の核にあるものを映画に移し替えたいと思いました。 【磯野真穂】 原作者の私がいうのも変ですが、この本は作者の一人が亡くなるという意味で、ベタな“感動のストーリー”にもなりうる。でも、濱口竜介さんから映画化のご依頼をいただいたという話を聞いた際に、そういったベタで表層的なストーリーを超えたところで、言葉を受け取ってもらえたのではと思いました。 原作の『急に具合が悪くなる』の「はじめに」は、2019年7月6日に宮野さんが生前に書いた最後の文章なんです。そこには「最後に皆さんに見える風景が、その先の始まりに充(み)ちた世界の広がりになっていることを祈っています」とあります。この書簡自体が、言葉が手渡されたその先で、何かが始まること、その可能性を見つめようとしている本なので、濱口さんがこれを手にしたとき、何が始まるのかを見てみたい、そんな純粋な思いがありました。そしてまた、これは宮野さんの遺志に背くことではないという確信もありました。【濱口】 ただ、最初にプロデューサーの松田さんと一緒に磯野さんを訪ねたときは、確たることは伝えられなかったように記憶しています。著者にとってものすごく大事な本を預けていただくにあたって、「映画化したいけど、どうしたらいいか分からない」ということを素直にお伝えしました。そのことでしか、信頼してもらえないのではないか、という気もしていました。 【磯野】 はい。濱口さんの専門性が卓越しているとはいえ、そのままこれを映画にしたら、2人が画面に向かってタイピングをしていて、それと同時にLINEでメッセージを交換し合っているという、つまらなそうなものになることは、素人の私でも想像がつきます。濱口さんにそのようにお伝えしたと記憶しており、そうしたら濱口さんも「そうなんですよ」、と。ただ、映画化に挑戦してみたいという心は濱口さんの言葉から伝わってきました。 【濱口】 磯野さんに何度か話を聞き、宮野さんのお母さんやご友人にも話を聞いていくうちに、磯野さんや宮野さんの実生活や書籍のバックストーリーを描くということが『急に具合が悪くなる』の映画化なのかというと、違う、と思いました。むしろ原作の核をつかむには、映像として大いに飛躍をしなくてはならないのではないかと思い始めていました。 そんななか、「シネフランス」というフランスの会社から映画を作らないかと誘いがきて、ここに活路があると直感しました。 私はエリック・ロメールというフランスの監督が好きなのですが、「モード家の一夜」(1969年)という非常に哲学的な会話を展開していく作品があります。信じられないことですが、これはフランスで当時100万人が入るようなヒットをしているんです。確かに、磯野さんがおっしゃるようにタイピングをしているだけでは映画にならないでしょうが、会話劇であれば成立させられると思いました。 しかもフランスの観客はかなり知的で抽象的な会話の映画であっても受け入れる素地を持っているように思えた。これをちゃんとした予算規模を持った映画としても成立させられると考え、そのことをプロデューサーにもお伝えして、日仏合作映画として再スタートしました。■「花束」にせず「土壌」を捉えようと 【磯野】 濱口さんはこの作品を「花束」にしなかった。 比喩になりますが、ここでい…






