インタビュー2026年5月24日 6時57分聞き手・平岡春人印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
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カンヌ国際映画祭でビルジニー・エフィラさんと岡本多緒さんに女優賞をもたらした、濱口竜介監督の「急に具合が悪くなる」。1958年からカンヌ映画祭を訪れている映画評論家の秦(はた)早穗子さんは、今作を「21世紀の映画」と評する。その意味を秦さんに尋ねた。 ◇ 「急に具合が悪くなる」は、「21世紀の映画」だ。その理由は、この映画が介護をテーマとしていることだけではない。 介護施設の施設長マリー=ルー(ビルジニー・エフィラ)と、舞台演出家でがん患者の真理(岡本多緒)をめぐるストーリー。2人の女性は日本語とフランス語を交えて自然に会話する。ただお金を出し合ったり異なる国籍の人を登場させたりする作品とは、はるかに異なるレベルの「国際共同製作」だ。 私が仕事でカンヌに行き始めた68年前は、フランスまで飛行機で48時間。今は4分の1ほどの時間でたどり着く。映画の舞台も後半、フランスからあっという間に日本へ。 マリー=ルーと真理は偶然出会う。恋人でも旧友でもない2人が、性別など関係なく、ただ「人間と人間」として対話する。何でもかんでも男と女、情事と結びつけられ、異性とつるまなければ同性愛者かと尋ねられるかつての時代の空気は、画面の中にはもはやない。マリー=ルーは真理に、「日本で彼氏がいた」と軽く言ってのけるだけ。 今まで映されてこなかったものが、極めて自然に映されている。 私は満州事変の年に生まれ、戦争の時代を生きて、敗戦とともに平和の意味を知った。女がひとり、映画を仕事にすることは当時良く思われなくて、怒りとともに生きてきた。怒りが原動力の時代でもあった。一方で今は人々が怒りに振り回される。劇中でもマリー=ルーは序盤、怒りに身を任せ介護施設で失敗する。その後、彼女は真理にも助けられながら、「怒り」とはほど遠い、これからの時代に必要な関係性を探しているように、私には見えた。 思い出したのは1960年のカンヌ。審査員長のジョルジュ・シムノンが激賞してパルムドールに選ばれたフェデリコ・フェリーニ監督の「甘い生活」は、映画祭の観客や関係者からは総スカンを食らっていたが、20世紀後半の退廃を予言していた。 優れた映画には、それまでの映画や、社会のしがらみといった「枠」を超えて、未来を予言する力がある。「急に具合が悪くなる」は、劇中で交わされる言葉がとても平易でありながら、その力を備えているのかもしれない。 新しい世紀は、いきなりやってくるものではない。これまでの映画は20世紀の影響の中にあった。四半世紀が経って、やっと映画は21世紀に入った、ということなのだろう。3時間16分の映画だが、長いとは感じなかった。有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人平岡春人文化部専門・関心分野音楽、映画、人権関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする











