ストーリー売らない画家 森鷗外の娘の夫が残したもの 遺族と伊藤比呂美氏対談高田純一印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
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売らない画家は、何を残したのか。絵も名も売らず生涯「無名」を貫いた画家の息子は「父が世間から評価されなくても、かわいそうだと思ったことは一度もない」と話す。晩年まで一度もアトリエの外に出さなかった絵もあるという。 画家の名は小堀四郎。明治生まれの洋画家だが全く作品を売らず、美術団体にも属さなかった。 生活は、妻で森鷗外(島根出身)の娘の杏奴(あんぬ)に支えてもらった。1998年に世を去った際、「美術家名鑑に名がない」と税務署に画家として認められなかったほどという。アトリエの外に出なかった絵 森鷗外の娘の夫――。そんな肩書で語られがちな男は、いったいどんな絵を残したのか。四郎の長男で医師の小堀鷗一郎さん(88)には、思い出深い作品がある。 群像画「待漁(たいりょう)」。千葉の海を背景に漁師たちの姿を捉えたもので、幅4メートル。巨大な存在感を誇りながら長年日の目を見ることなく、アトリエに置かれていた。 5年間のフランス留学から帰国した翌年に描き上げたこの絵を、90歳になるまで「父は一度もアトリエの外に出さなかった」。 「私は子どもの頃、この巨大な絵の前でよく寝ていた。朝起きると目の前に海がある。それが私の日常だった」 今年4月、島根県立石見美術館で開かれた催しの対談で、鷗一郎さんはそう振り返った。画壇の権威や名声に背を向ける生き方を哀れんだことはないという。 「自分がおもしろい、価値があると思うことをやっている時は、周りの評価など気にならないもの」「自分であり続ける尊さ」 対談の相手は、詩人の伊藤比呂美さん(70)。四郎の作品にみせられてきた一人だ。 比呂美さんが感じるのは、「…この記事は有料記事です。残り534文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人高田純一浜田支局長専門・関心分野街ダネ、地域発の話題です。関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする






