ストーリー「成人に達する前に死にいたる」遺伝病のみにその医療は許されるノンフィクション作家・下山進印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

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第5章 小児科医も反対の陣営に加わる その1障害者団体、女性団体に続いて日産婦でストッパーの役割を担ったのが小児科医だった。東京女子医大の齋藤加代子は、名古屋市立大学の申請を認めるのは「日本の恥」だと主張した。 「青い芝の会」や女性団体の抗議活動によって巻き起こった着床前診断への懐疑は、95年の鹿児島大学の着床前診断の計画を葬りさる。 鹿児島大学の倫理委員会は、いちどは内定していた承認を取り消し、その判断を日本産科婦人科学会に委ねると発表した。 日本産科婦人科学会(日産婦(にっさんぷ))は、産婦人科の医療に関わる医者が参加する学会で、当時の会員数は約1万6千名。 特筆すべきはこの学会が、「産婦人科専門医」の養成・認定・更新を行う機関であるということだ。なぜこのことが重要かというと、そのクリニックに認定をうけた「産婦人科専門医」がいないと、体外受精などの生殖補助医療をうけるカップルは、最大30万円の自治体からの補助がもらえないからだ。 この認定の制度をもっていることで、学会がある程度の強制力を産婦人科医に対して持ちえていたのである。 1996年には優生保護法は母体保護法に変わるが、その過程でも、この法律が国家による「優生思想」を推進し、多くの望まない断種手術が行われてきたことが糾弾されていたから、英国のように国がこの「着床前診断」に関わることは政治的にできなかった。 鹿児島大学がボールを日産婦…この記事は有料記事です。残り5720文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする