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第2章 青い芝の会 その21976年の「青い芝の会」の激しい交渉の記録を読むと、後に「着床前診断」に反対する側の論理の多くがみてとれる。県知事は公立病院における一切の出生前診断をしないことを約束。「命の選別」に反対の論理の基礎をつくる 県からの回答がきたのは12月24日だった。長洲一二名できたその回答はしかし、前回と同じ。 神奈川県立こども医療センターでは、「過去に先天異常児を出生した経験のある両親から要望のあった場合のみ、羊水検査をおこなっている」、その検査はあくまで生まれてくる「こどもの危険や異常を知るための検査」であり、中絶の問題については「こどもの出生については、あくまで両親が自主的に決めること」と逃げていた。 この回答をえて横田は、最終的には県庁舎での座り込みもやむなしと考えている。 あけて1976年、県との交渉は、1月と3月にあった。 この速記録を追ってみると、後に着床前診断に反対する陣営の論理の骨子が、横田らの発言にすでにあらわれている。 以下は76年3月29日、県衛生部との交渉における横田ら「青い芝の会」幹部の発言の抜粋である。ちなみに脳性マヒ者の発言は、録音もきわめて聞き取りにくかったが、普段接している支援者が起こしてきれいにしている。横田「家族の要求って言うけれど、つまり家族はなぜそういう要求を行なう様になったかという事は話しが面倒くさくなるから言わないけどさ、ともかく家族の要求でも何でもだね、神奈川県の医療機関に行けば確実に羊水検査を行なってもらえると言う事はね、やっぱり僕達が生まれて来た時に、『お前達は生まれない方が良かったんだ』と、『時代が三十~四十年後だったら、神奈川県の医療センターで羊水検査を行なって、お前なんか生まなくて良かったんだ』と、つまり『お前達が生きているのは間違って生きちゃったんだ』と、そういう事になる訳だよ」松浦「治す手段がみつかる場合もあるのにねえ。どうして全部否定するのですか。」横田「じゃあ、その言葉、逆に使おうよ。治す手段がみつかるかも判らんのに、どういう訳で胎児チェックをして、中絶しなければならないの。」横田「現代のね、社会的状況を考えてご覧なさいよ。親が自分の子が、お腹の中で障害児だと判った場合、喜んで産むわけないだろう。あなただって自分の子が障害児だと判ったら中絶するでしょう。」 これらの横田らの考えは、後に以下のように翻案されて、着床前診断でも反対派によってことあるごとに持ち出されることになる。・着床前診断をすることは現在生きている障害者を否定する優生思想だ。・治療法がみつかる可能性があるのであれば、着床前診断はその病気に対しては慎重にしなければならない。・そもそも障害者が生きるための社会的条件を整えることが先決だ。 が、1975年の横田らが問題を提起した出生前診断の状況と2017年の野口麻衣子が望んだ着床前診断をめぐる状況では、その背景に大きく異なっている点がひとつある。そのことについては後々ふれていくことにしよう。物理的な抵抗は一切行わない 青い芝の会神奈川県連合会の…






