ストーリー飛鳥寺住職が書き残した文殊菩薩との誓約「一軍人タルヨリ大忠ナリ」塚本和人印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

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第3部「飛鳥寺(近現代)編」(3) 奈良県明日香村飛鳥の飛鳥寺(安居院(あんごいん))は、江戸時代に小さなお堂が再建された後、史料が極端に少なくなる。 寺によれば、現在の本堂は文政9(1826)年に大坂の商人の杉岡屋半兵衛が寄進して建てられたという。 寺には、江戸時代前期に安居院と称されてからの「中興歴代住職」の系譜も残されている。 昭和6(1931)年5月に住職に就いた山本雨宝(うほう)は、第21世の住職にあたる。 雨宝が書き残した「一生年譜」によれば、雨宝は明治36(1903)年8月12日、京都府相楽郡加茂村船屋(現・京都府木津川市加茂町)で生まれた。 父は真言宗の僧、丸山貫長(かんちょう)(1844~1927)。母は山本トヨ(1887~1974)。雨宝が生まれたとき、父は59歳、母は16歳だった。 貫長は生涯、妻帯しなかった…この記事は有料記事です。残り1348文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人塚本和人橿原支局長|寺社・文化財専門・関心分野歴史、考古学、外交、国際関係関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする